摩天楼はバラ色に[ニューヨーク]

2021.02.10

ニューヨーク編

 

誰もが認める世界の中心,マンハッタン。17世紀初頭,オランダがネイティブ・アメリカンのレナベ族から「24ドル相当」の製品との交換で譲り受けた「丘の多い島(マンハッタン)」。この地は,オランダの植民地期には「ニューアムステルダム」と呼ばれていましたが,17世紀半ばにはイギリスに譲渡され,それ以降「ニューヨーク」と呼ばれています。マンハッタンは天然の良港を有しており,ヨーロッパなどとの貿易に適していました。そのため,ヨーロッパ各地から数多くの入植者を集め,急速に大都市へと発展していきました。ところで,見出しに選んだ1987年公開の映画「摩天楼はバラ色に」の原題は”The Secret of My Success”で「摩天楼(Skycraper)]も「ニューヨーク」も「マンハッタン」も入っていません。マイケル・J・フォックスが演じた地方出身の主人公が大都会NYでメールボーイだけれど何とか大企業に職を得て,奇跡的に出世するというコメディです。面接で写真を忘れ,咄嗟にそこにあったコピー機で自分の顔のコピーを取り写真代わりに提出するシーンを覚えている方もいらっしゃるかもしれません。日本もバブル期でしたが「摩天楼」,「大企業」,「マネー」は1980年代当時のニューヨークの象徴であったと思います。
今日のマンハッタンの人口は160万人で,ニューヨーク市全体では800万人を超す人々が住んでいます。マンハッタンでは,地域毎に特定の産業が集積しています。よく知られているウォール街の金融業,ブロードウェイの演劇産業に加え,7番街にはメディア・エンターテインメント産業やファッション産業,マディソン街には広告産業,そして5,6番街の間の47丁目界隈にはダイヤモンド街と呼ばれ貴金属店が集積しています。様々な産業が各々に大きな集積を作り上げているマンハッタンは,まさに世界の中心と言えます。

 

NYはStartupのゆりかご

ニューヨーク市(以下NY)は,ブロンクス,ブルックリン,マンハッタン,クイーンズ,スタテンアイランドという5つの行政区から成り立っています。上述のように様々な産業が集積するマンハッタンを含むNYの経済規模はアメリカの主要都市のなかで最大です。また,ニューヨーク都市圏(近隣の都市を含む)の経済規模は東京都市圏に次いで世界第2位となっています。マンハッタンのミッドタウン地区には,タイム・ワーナー社,ファイザー社,シティグループ社,GE社など,従来型の主要産業における巨大多国籍企業本社が立地し,シリコンバレーなど西海岸の都市とは異なり,アメリカ経済界のエスタブリッシュメントの街と言えます。一方でGlobal Startup Ecosystem Report(2020)によれば,近年NYはスタートアップ企業を育む,世界的に優れたエコシステムを有していると評価されています。2019年のエコシステムのランキングによると,NYはシリコンバレーに次ぐ第2位でした(ちなみに東京は15位)。NYにはコロンビア大学,ニューヨーク大学など世界的に有名な大学を含む120を超える高等教育機関が立地しており,様々な分野で若い有能な人材を輩出する基盤が整っています。先のReportによれば,NYでは,おおよそAI・データサイエンス,サイバーセキュリティ,そして生命科学といった産業でStartup企業が成功するケース[1]が多く,AIや機械学習に関わる雇用が他の都市に比べて多くなっています。Startup企業を中心とするTech産業の出現は,NYにおける優れた高等教育機関や経済界のエステブリッシュメントの存在に加えて,市がリードする経済開発政策も貢献していると言えるでしょう。

[1]       たとえば,2018年にはAIを活用したマーケティング意思決定ツールを開発したDatorama社をセールスフォース社が8億ドルで買収しました。

 

NY経済の再開発

NYは,近年市内の老朽化したインフラの刷新とともに,各地区の再開発事業を推し進めてきています(再開発事業の紹介動画:https://www.youtube.com/watch?v=RAe7nAndGhA)。近年市内への人口流入が続き,マンハッタン以外の地区でも街並みが大きく変わりました。以前に比べて生活面での安全性も改善しています。このような再開発にくわえて市は,NYCEDC(the New York City Economic Development Corporation :NY市経済開発公社)によるStartup企業を支援するプログラムを立ち上げています。たとえば,2018年から始まったCyber NYCプログラムには3000万ドルを支出し,サイバーセキュリティー産業の育成を進めています。このプログラムの一環として,ニューヨーク大学のそばにGlobal Cyber CenterというサイバーセキュリティーのStartup企業を支援する施設を開設しました。この施設はTech企業の著名なアクセラレータであるイスラエルのSOSA社が市から委託を受け運営にあたっています。ご存知のとおりサイバーセキュリティー産業は世界的に急成長しており,2020年にはこの市場は$1,700億ドル規模になると予想されています。加えて,コロナ禍のリモートワークにより,社外から社内ネットワークを利用する機会が格段に増えた今,サイバーセキュリティーの重要性が世界中でさらに高まっています。ワークプレイスのニューノーマルのなかで,今後もこの市場は拡大することが見込まれています。

 

ロックダウンの衝撃

数多くの映画のワンシーンに収められたタイムズスクエアの交差点。電飾を使った企業広告と世界中から訪れた観光客で賑わう人混みが印象的です。2020年春,まるで映画のワンシーンのように,このタイムズスクエアから人影が消えました。ニューヨーク州では,3月からCOVID-19パンデミックによるロックダウンが実施され,そのため人々は他の都市同様にリモートワークを強いられました。そしてパンデミックによるロックダウンは,NYの労働市場に大きな衝撃を唐突にもたらすこととなりました。JIL社の調査[1]によれば,ロックダウンによるリモートワークが継続するなか,2020年5月までに,およそ94万人の雇用が失われてしまいました。これはNYの労働力の20%に相当し,2008年金融危機(リーマンショック)時の雇用喪失が3.6%であったことに比べ,圧倒的に大きな規模となっています。一方,ロックダウンのなかで大きく業績を伸ばしているNetlfix社は,すでにマンハッタンのオフィスを10万s.f.に拡張し,ブルックリンには16万s.f.の敷地を借りて6つの撮影スタジオを建設するプロジェクトを進めています。これらは数千人規模の雇用を生み出すと期待されています。この裏側でリアルなエンターテインメントの代表である,マンハッタンの舞台芸術は2020年3月のロックダウン以降閉鎖されたままです。2021年2月の時点でも,ブロードウェイやオフ・ブロードウェイの舞台を再開できる具体的な日程が決まっていません。リモートで代替できない産業の窮状は続いています。

[1]       Jones Lang LaSalle IP, Inc. “New York Office Insight Q2 2020” July. 2020

 

コロナ禍における賃貸オフィス市場の動向

2020年第2四半期以降,NYの賃貸オフィス市場の5分の1をTech企業の需要が占めるなど,Tech企業が市場を下支えしていました。しかし,COVID-19パンデミックによるリモートワークによって他の都市同様にNYのワークプレイスも大きく変化していきます。JLL社の調査[1] によれば,2020年賃貸オフィススペースの成約は2019年に比べ57%減少しました。また成約に至るスピードも過去25年間で最も遅くなりました。とくに,コワーキング,出版,広告,流通,メディアなどの産業の停滞が賃貸オフィス市場に打撃を与えています。

これまで,賃貸オフィススペースの10.4%を占めていたこれらの産業が,現在は空室となっているサブリースの42.9%を占める貸し手となっていることからもその影響が見てとれます。今後,これらの産業の業績がこれまで以上に悪化すると,サブリースの供給が増え,オフィスの空室率や賃料にさらに悪影響を及ぼすかもしれません。すでに空室率は上昇していて,パンデミック前の2019年では7.3%(第3四半期)でしたが,2020年には12%(第4四半期)になり,サブリースの供給も第3四半期から第4四半期にかけて400万s.f.(約37.2万㎡)ほど増加しました。しかし,平均オフィス賃料は2010年以来初めての低下とはなったものの,1s.f.あたり$77.67(年間)と依然として歴史的な高水準となっています。

これまで,NYのオフィスを利用する産業では全失業者の約20%にあたる約10万人の雇用が失われています。ただし,これは2008年金融危機のときの約80%と比べかなり低く,コロナ禍でのオフィス需要は減退しているものの,今のところNYは過去の不況ほど深刻なダメージを受けていないと言えるかもしれません。たとえば,ミッドタウンなどマンハッタンの一部地域では,優良物件の賃料が2019年に比べ1.8%上昇しています。地域によってはサブリース物件が比較的安価に供給され,いち早く景気回復する産業のオフィス需要が高まる可能性も考えられます。

[1]       Jones Lang LaSalle IP, Inc. “New York Office  Outlook Q4 2020” Jan. 2021

 

マンハッタンの賃貸オフィス[1]

[1]       https://www.loopnet.com/  で2021年1月中旬の調査結果

ダウンタウン

その昔オランダ人入植者らの領地を守るために作られた壁の跡地である,ウォール・ストリート。近代史に何度なくその名が刻まれており,言わずと知れた世界の金融センターです。このウォール・ストリートとブロードウェイに面した1897年に建てられた24階建ての歴史あるオフィスビル。1998年にリノベートされています。このビルの2階の10,547s.f.(979.85㎡)のサブリース物件。1s.f.あたりの賃料は$2.08で,1ヶ月$21,937(約230万円)です。

 

詳しくみる▶

出所:JLL社

ミッドタウン

多くの巨大多国籍企業がオフィスを構えているミッドタウンは,世界最大級のビジネス街と言えるでしょう。かつてマンハッタンで最も高いビルであったエンパイヤーステイトビルの向かい,33丁目にある1914年に建てられた12階建てのオフィスビル。2002年にリノベートされています。例えば10階の2360s.f.(219.25㎡)のオフィスであれば,1s.f.あたりの賃料は$3.75で,1ヶ月$8850(約93万円)です。こちらから内覧ができます。

 

5番街

高級ブランドショップが並ぶ5番街にあるオフィスビルの1室。数々の映画に登場し,また秘密裏にG5財相が会合を持った場所としても有名なプラザホテルにほど近く,窓からはセントラルパークも望めます。Carr Workplace社が提供する5番街に面したコワーキングプレイスにある388s.f.(36.046㎡)の個室オフィスで,基本的なオフィス備品が揃っています。1s.f.あたりの賃料は$10.59で,1ヶ月$4108(約43万円)です。こちらから資料動画をご覧いただけます。

 

34丁目の奇跡−巨大Tech企業の集積

マンハッタンの34丁目界隈は,世界有数の巨大Tech企業が集積する回廊へと発展する兆しを見せています。Amazon社はエンパイヤステートビルがある34丁目の西側に33.5万s.f. (約3.1万㎡)のオフィスを構え,少なくとも1500人の雇用を生む予定です。この界隈では,すでにFacebook社も複数の大規模オフィスを借りる契約を公表しています。ひとつめはAmazon社のオフィスのほぼ西隣に位置し,ハドソン川沿いの操車場などの跡地で11ヘクタールという大規模な再開発が進んでいるHudson Yardsに150万s.f. (約13.9万㎡)のオフィスを,もうひとつはこのやや東側にある,最近リノベーションされた旧郵便局本局に73万s.f. (約6.8万㎡)のオフィスを借りるそうです。Facebook社はこれら新しいオフィスで少なくとも8500人を雇用する予定です。そしてApple社も,この地区のPenn Plazaに22万s.f. (約2万㎡)のオフィスを構えるための契約を結びました。また,この地区の南側にあるチェルシーには、すでにGoogle社が290万s.f. (26.9万㎡)のオフィスビルを購入しています。

コロナ禍において、NYには老朽化した街の再開発とデジタルトランスフォーメーションの波が押し寄せています。今後,シリコンバレーのように,これら巨大Tech企業がピラーとしてNYでStartup企業を育み,雇用だけではなくイノベーションという重要な経済効果をもたらすことでしょう。シリコンバレーが引き起こしたこの波は東海岸の都市に拡がってきています。

ニューヨーカ−は,コロナ禍を乗り越えてブロードウェイの舞台が輝きを取り戻すまで,いましばらくNetflixやAmazonなどの配信サービスを楽しむことになりそうです。さて,日本のみなさんは映画『34丁目の奇跡』を配信サービスで観て「リモートワーク」,「自粛」で疲弊した心を癒やしてはいかがでしょうか。今年はサンタクロースにパンデミックの終息をプレゼントしてもらいたいです。

 

記事作成者

井尻直彦教授

井尻 直彦(Naohiko Ijiri)

日本大学経済学部教授,前経済学部長。専門は国際経済学。静岡英和学院大学を経て,2003年より日本大学経済学部に奉職。OECDコンサルタントなどを経験。日本大学経済学部卒業,英国Nottingham大学大学院修士課程(MSc)修了。2019年よりNPO法人貿易障壁研究所(RIIT)を立上げ,理事長・所長を務める。
【NPO法人貿易障壁研究所(RIIT)】https://riit.or.jp
【研究業績】Research map https://researchmap.jp/read0193441
【個人Twitter】https://twitter.com/naoijiri
【個人Facebook】 https://www.facebook.com/naohiko.ijiri.3

 

専門家のコメント ー ワークプレイスストラテジスト 萩原大巳 ー

「雇用形態の激変によりオフィスありきのオフィス移転からライフワークスタイルに適応するワークプレイス戦略に変化対応している」

 

新型コロナウイルスによる景気低迷、先の見えないカオスの現在、ライフワークスタイルも激変している。

雇用形態も在宅型に急変し、ギグワーカー、ギグパートナーなど様々な働き方の選択肢がある。

近い将来のオフィスは、オフィスありきのオフィス移転ではなく、DXによりライフスタイルが変わり、いつ、どこでも、誰とでも繋がるワークプレイス戦略に変わりつつあります。

その時、日本の賃貸借契約の最大の障壁は、賃貸借契約書に定められた指定業者制度による「原状回復」「移転先B工事」の工事費高騰問題である。

ワークプレイスが激変する今、アーキテクチャーが変わり、自由度の高い賃貸借契約書に変化対応する必要があります。また、カオスの時代は栄枯盛衰が日常茶飯事です。特に賃貸借契約の日本型、定期建物賃貸借契約は、中途解約不可、退店の際は原状回復義務履行が義務付けられております。これはリスク回避ができません。

中途解約ができる、また、サブリースがテナント様の要望で可能になる賃貸借契約にする必要があります。契約申込の段階で、当協会の専門家(ワークプレイスストラテジスト)にご相談することをお勧めします。

 

萩原大巳

萩原 大巳 (Hiromi Hagiwara)

一般社団法人RCAA協会 理事
【協会会員】株式会社スリーエー・コーポレーション 代表取締役CEO

  • ワークプレイスストラテジスト
  • ファシリティプロジェクトマネージャー

オフィス移転アドバイザーとしての実績は、600社を超える。原状回復・B工事の問題点を日経セミナーで講演をする。日々、オフィス・店舗統廃合の相談を受けている。オフィス移転業界では、「ミスター原状回復」と呼ばれている。