エンターテイメントのニューノーマル[ロサンゼルス]

2021.02.02

ロサンゼルス編

ロサンゼルス南部アナハイム(Anaheim)にあるディズニーランド。年間の来園者数は1,800万人を超えています。ロサンゼルス近郊にある,ディズニーランド,ユニバーサル・スタジオなど複数のテーマパークはCOVID-19のパンデミックにより現時点(2020年11月)では休園中です。自主的な休園を開始した3月以来,カリフォルニア州の許可が得られず,未だ具体的な再開の目途は立っていません。コロナショックは,人々のエンターテイメントを様変わりさせていきました。この間,外出を伴うエンターテイメントは映画館を含めほぼ営業休止に追い込まれています。そこで急増したのが,Netflix,DisneyなどCATVに加えネットでも配信している動画サービスの契約です。特に,Netflixの加入者数は,2020年前期だけで約2,500万人増加し,これは2019年の年間の増加数に匹敵しています。誰もが自宅待機令によって平時のエンターテイメントを望めなくなりました。コロナ禍においてオフィスや学校に通えず,多くの人々はオンラインで仕事をし,あるいは学習を続けています。自宅で過ごす時間が増えたことによって,オンラインのエンターテイメントの需要が伸びました。このコロナ禍において,デジタル化されたサービスの強みは最大限に発揮されていると言えるでしょう。エンターテイメント産業のDXは,ディスラプションではなく,クリエイションを促進しています。

 

ハリウッド映画産業の歴史

映画産業がハリウッドに集積した理由のひとつは,南カリフォルニアの温暖な気候,豊穣な土地に加えて,映画撮影に適した山,渓谷,平野など恵まれた自然環境です。しかし,最も重要な理由は20世紀初期に映画産業が集積していた東部地区から遠く離れている場所だったということです。その当時,映画関係の特許の縛りから逃れるために,中小の映画関連企業がこの地に移ったことがきっかけと言われています。ゴールド・ラッシュではありませんが,映画業界の西部開拓です。

Census Bureauの都市GDPデータによれば,映画産業を含む情報産業はロサンゼルス市のGDPに占める割合が10%強と,全米のその割合5%強のおよそ2倍となっています。一方,製造業は10%を下回っており,全米の値よりも小さくなっています。ロサンゼルス経済において映画産業は他の都市に比べて大きな存在となっています。また,芸術・エンターテイメント産業は2.3%と全米の1.1%の倍以上となっています。ディズニーランド,ユニバーサル・スタジオなど映画産業から派生したテーマパークビジネスもロサンゼルでは大きな存在です。

 

ダウンタウンの再開発

ロサンゼルス・ロングビーチ・アナハイム都市圏の人口は約1330万人と全米で2番目に大きな都市圏です。ロサンゼルス市には約400万の人々が住んでいます。この大都市の中心地,ダウンタウンでは20年前から再開発が進められています。高層ビルが多いダウンダウンの西側の金融街バンカーヒルから,チャイナタウン,リトルトーキョーなどがある東側までのエリアは,ビジネスの中心地としての魅力を高めるため, 2000を超す数多くの地権者の合意により, 20年以上前から,ロサンゼルスのDCBID(Downtown Center Business Improvement District)[1]によって,美観・景観,歩行路の整備など大規模な再開発が進められてきました。DCBIDは,様々なイベントも企画・開催し,働きやすさ,住みやすさを高めています。

このダウンタウンのアイコン的な存在である72階建ての高層ビルのUSバンクタワー。この310mのタワーは,現時点で,アメリカ西部で3番目に高い建物です。2013年にシンガポールの不動産会社OUE社が約3億7千万ドル(約392億円)で購入し,4千万ドルで大規模のリノベーションを実施し,69,70階にはOUE Skyspace LA という展望台を設け,71階にハイクラスなレストランを誘致しました。ここからはハリウッドヒル,太平洋など360度のパノラマビューが楽しめます。このような投資が実り,USバンクタワーの空室率はそれ以前の半分に低下したそうです。

しかし,COVID-19のパンデミックで状況は一転しました。高層ビルも当然,厳しい感染対策を行わねばならず,展望施設等の閉鎖を余儀なくされました。また,WFHのためUSバンクタワーの空室率も高まったそうです。そして,7月,OUE社はパンデミック前の市場価格から34%低い,4億3千万ドル(約456億円)で売却しました。購入したのは,マンハッタンを拠点とする不動産会社,Silverstein Properties社です[2]。ワールド・トレード・センターの再開発を担った同社にとってこのタワーの購入はアメリカ西部進出の足がかりとなるようです。

【引用元】

[1]           https://downtownla.com/maps/development/under-construction

[2]           https://www.latimes.com/business/story/2020-07-20/la-skyscraper-us-bank-tower-to-be-sold-as-pandemic-drives-down-office-leasing

 

ロザンゼルスの賃貸オフィス市場

JLL社[1]の調査によれば,ロサンゼルスの賃貸オフィス市場は,他の都市と同じように貸出が減少傾向にあります。2020年第1四半期に比べて,第2四半期では3分の1のスペースしか借りられていませんでした。そして,第3四半期は空室率が前期の13.3%から15.0%に上昇しており,オフィス賃貸市場が悪化していることがわかります。とくに,サブリース(転貸借)の空室が前期に比べ30%増加し,2,470,600s.f.となっています。これはロサンゼルスの空室全体の35%に上ります。第3四半期の時点ではサブリースも含めオフィス賃料はほぼ横ばいとなっており,下落しているわけではありません(表1)。ただし,フリーレントなどの優遇条件付きの契約が増加しており,テナントにとってわずかですが有利な条件で借りれるように市場は動いています。

【引用元】[1]           https://www.us.jll.com/en/trends-and-insights/research/los-angeles-office-insight

ロスアンジェルス・賃貸オフィス市場の動向

 

サブリース市場の存在

2020年第3四半期には,ロサンゼルス市場でサブリースの供給が前期比で50%増加しています。これは,テナントがWFH(Work from home)によってオフィスの利用が大幅に減少したことに加え,コロナショックによる景気回復の不透明感が続いていることを受けて,不要な賃貸オフィススペースをサブリースとして貸出し,オフィス賃貸コストの圧縮を図っています。日本と異なり,アメリカでは賃貸契約期間内での契約解除は,多額の違約金が発生することもあります。そのため,テナントは契約期間を全うするために,サブリースとして他社に貸し出すことは一般的です。

現在のように景気の不透明感が高まる時期では,新規の賃貸では短い契約期間が望まれ,またサブリースの供給が増加します。このように,テナントはサブリースを巧く利用しリスクに対応しようとします。

テナントにとって,オフィスの賃料に加えて,契約期間の長短,サブリースの可否等はリスクへの大切な対応策といえます。個々のテナントでは,業種,業績が異なっており直面するリスクが違っているはずです。日本では,商習慣として契約期間が主に2年間となっているため交渉するのが難しく,またサブリースが実質的に禁止されています。これは,不測の事態が生じた場合のリスクマネジメントの選択肢がほぼ「解約」しか無く,テナントにとっては合理的ではないかもしれません。

 

ロサンゼルス主要都市の賃貸オフィス[1]

【引用元】[1]           https://www.loopnet.com/  で2020年11月初旬の調査結果

ダウンタウンエリア

CBD(Central business district)

ロサンゼル市のビジネスの中心地,CBDは,上述のように地権者らが共同で再開発を進めてきています。このエリアの第3四半期の平均オフィス賃料は前期と変わらず$3.72/s.f.です。

先のUSバンクタワーの南側に立地する21階建ての1984年建設されたオフィスビル。このビルの10Fにある1,575s.f.のサブリースの物件です。賃料は1s.f.あたり$3.0で,1ヶ月で$4,725(約50万円)です。契約期間は,最長で2022年10月までですが,それまでであれば交渉によって決めることができます。

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ウェストサイドエリア

ロサンゼルスの西側のエリア,ウェストサイドには,ハリウッド,ビバリーヒルズ,サンタモニカなど世界的に有名な高級住宅街があります。ロサンゼルの中でも最もオフィス賃料が高いエリアになっているのもうなずけます。2020年第3四半期のロサンゼルス市全域の平均賃料は$3.77/s.f.ですが,ウェストサイドの第3四半期の平均賃料は$5.21/s.f.となっています。

 

ハリウッド

ロデオドライブ,ビバリーウィルシャーホテルは,1990年公開の映画「プリティー・ウーマン」のロケ地であり,世界中から多数の観光客が訪れるアメリカ西海岸で最も有名な街です。このエリアの人口はおよそ3.6万人です。一人あたり所得は約6.6万ドルと,ロサンゼルス市(約3.3万ドル)の倍となっています。また,人口の80%が白人,約62%が大卒者となっており,選ばれた人々が集まる街になっています。

チャイニーズシアターで有名なハリウッドブルーバード。この大通りに面した1927年建築のアールデコ調の建物。この2階にある10,000s.f.の物件で,賃料は1s.f.当たり$2.95で,1ヶ月$29,500(約313万円)です。

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ビバリーヒルズ

ビバリーヒルズは,世界中で超高級住宅街の代名詞です。街角ではセレブの住む豪邸の地図が観光客向けに売られています。現在の人口は約3.3万人でほとんど増減がありません。ハリウッドと同じく人口の81%が白人で,63%が大卒者です。また,一人あたり所得は約8.4万ドルとロサンゼルスで最も高い水準です。ビバリーヒルズは,他の街とは異なり誰もが憧れるセレブの街です。

これは,1982年に建設され,2016年にリノベーションされたモダンなデザインのサブリース物件です。3階建ての2Fにある7,499s.f.の物件です。これはサブリースといってもフロア全部を借りることができます。契約期間は交渉により決定します。賃料は1s.f. あたり$5.6s.f.で,1ヶ月$41,994(約445万円)です。共益費等は賃料に含まれています。

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サンタモニカ

太平洋に面した美しいビーチ。サンタモニカは数多くの映画の舞台となっており,日本でもとても有名な街であろうと思います。この街の人口は約9万人と他のウェストサイドの街よりも多くなっています。やはり,この街もハリウッドやビバリーヒルズのように人口に占める白人率が高く76%となっています。一人あたり所得は,約7.2万ドルとビバリーヒルズに次いで高い水準となっています。

サンタモニカらしい地中海風のデザインのサブリース物件です。ここからメインストリートのサンタモニカブルーバードまで徒歩で3分,海まで10分という恵まれた立地です。オフィススペースは,2,625s.f.です。この物件は1s.f. あたり$ 5.25で,1ヶ月$13,781(146万円)です。共益費等は賃料に含まれています。

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ニューノーマルで取り戻すオフィス需要

Netfilx,Disneyなどのネット動画配信の需要が世界中で伸びたことにより,ハリウッドの映画産業に映像制作の需要が高まっています。もちろん,パンデミックの状態によって映画,番組制作は平時のようには進みません。しかし,すこしずつ映像制作の現場が動き始めているようです。このような映画産業の活動再開がロサンゼルスのオフィス需要を下支えすると期待されています。これに加えて,今後,ディズニーランド,ユニバーサル・スタジオなどのテーマパークが,感染防止の厳しい条件付きであっても再開できるようになれば,エンターテイメント産業の経済活動が少しずつ動き始め,それが関連する産業に波及していき,ロサンゼルスのオフィス需要も少しずつ増加していくと思われます。

ニューノーマルにおいて世界のエンターテイメント需要はDXによって新たに創り出され,大きく変化をしています。その波は,ネット動画配信を通じて今まで以上にアメリカ西部を目指しています。ハリウッドの映像制作ビジネスの新たな黄金期の幕開けかもしれません。

記事作成者

井尻直彦教授

井尻 直彦(Naohiko Ijiri)

日本大学経済学部教授,前経済学部長。専門は国際経済学。静岡英和学院大学を経て,2003年より日本大学経済学部に奉職。OECDコンサルタントなどを経験。日本大学経済学部卒業,英国Nottingham大学大学院修士課程(MSc)修了。2019年よりNPO法人貿易障壁研究所(RIIT)を立上げ,理事長・所長を務める。
【NPO法人貿易障壁研究所(RIIT)】https://riit.or.jp
【研究業績】Research map https://researchmap.jp/read0193441
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