伝統と革新が調和するロンドン@ロンドン◆イギリス編◆

2021.11.18

伝統と革新が調和するロンドン

自由と規制の街

新型コロナウィルスのパンデミックの2020年3月下旬、イギリスはそれまでの人々の自主性に任せる緩やかな感染対策を大きく変更し、厳しいロックダウン(都市封鎖)を実施しました。その後、変異株の出現など感染者数が急増したためロックダウンは3度実施され、急速にリモートワークが進むことになります。これにより、ニューヨーク、パリなど他の大都市と同様、ロンドンのワークプレイスも大きく変化し、賃貸オフィス需要も減退しました。現在は濃厚接触者の追跡や自主隔離要請などは継続されているものの、ワクチン接種が進み、ほとんどの行動制限が緩和されていますし、以前のような自由な経済活動が戻っています。しかしながら、パンデミックが完全に終息したわけではないため、賃貸オフィス需要の早期回復を期待するのは難しいでしょう。もっともロンドンは、Brexit、環境規制などオフィス需要に影響を及ぼすパンデミック以外の問題にも直面していますから、回復への道のりは容易なものではありません。

ロンドン市の人口は、1981年に第二次世界大戦後最少の670万人まで減少しましたが、イギリスの経済成長やグローバリゼーションを背景に回復を続け、2021年には942万人まで増加、今後も増加が見込まれています。現在のロンドンは、ヨーロッパの中でイスタンブール、モスクワに次いで人口規模が大きい都市となっています。特記すべきは、ロンドンは人口の約37%が外国生まれで、かつその約70%はEU域外生まれという点です。それゆえ、ニューヨークなどの世界的大都市と同様にユニークで多様性が豊かな人々が住むコスモポリスなのです。そして、この数多くのコスポリタンが近年のロンドンの成長を支えてきました。また、大英帝国時代のイギリス連邦に由来する、現在のコモンウェルス(The Commonwealth)には、アジア、アフリカ、オセアニア、 カリブなどの旧植民地56カ国が加盟しており、ヨーロッパ以外の国々と緩やかな連携を維持していることがイギリスの強みと言えます。

ロンドンの都市としての歴史は、2000年以上前に遡ります。ローマ帝国により今日の世界的大都市の基礎が築かれました。適度な川幅を持つテムズ川があり、水運を利用できるこの地は交易に適していました。幾度となく繰り返される戦火を経て、11世紀以降はイングランドによる統治が継続されています。そして、18世紀半ばの産業革命によりロンドンの人口は急増し、急速に都市化が進んでいきますが、この都市化はロンドンに「混雑」と「公害」という現在多くの都市が抱える問題をいち早く生じさせることになりました。この問題を解決するため、ロンドンには厳しい規制に基づいた、計画的に都市を整備する土壌が育まれたのです。

ロンドンは都市計画において先進的な都市と言えます。近年では、中心部で集積による混雑の悪化を受け、混雑税(Congestion Charge)などの新しい規制が他の都市に先駆けて導入されました。他国よりも早く「公害」問題に悩まされたイギリスでは市民の間に高い環境意識が根付いており、それが都市計画にも活かされています。その一環として、ロンドンのオフィスビルの環境性能に関する規制が2023年には本格的に導入されることになっています。「自由」な市場経済を重視するイギリスは、それがもたらした好ましくない結果を改善するために強い「規制」を導入する、ということを繰り返しています。「自由」と「規制」の相克こそ、ロンドンの伝統と言えるかもしれません。

 

3つの中心エリア

ロンドンは、東京に比べてオフィス街と住宅街の境界が曖昧です。図1のように、世界的な金融街であるシティ(The City)を中心として、西側に商業エリア・高級住宅街のウェストエンド(WestEnd)、東側は歴史的に移民が多く、貧しい労働者が住んでいたイーストエンド(EastEnd)とに分かれています。シティには、日本企業も数多く集積しています。そして、商業エリアのウェストエンドにはピカデリー、リージェントストリート、チャイナタウン、劇場など、日本からも多くの観光客が訪れる名所が多くあります。とくに、ウェストエンドの演劇はニューヨークのブロードウェイと並び、世界の舞台芸術をリードしています。今日のイーストエンドは、アーティストが集まり、ロンドンの文化・芸術における新しいエネルギーを醸成している注目のエリアです。

ロンドンにおけるオフィス賃貸料は、ウェストエンドが最も高額で、次いでシティ、イーストエンドの順となっています。テムズ川南岸のサウスバンクはおおむねシティと同水準、新たなシティと期待されているウォーターフロントのエリア・カナリーワーフはイーストエンドよりも安価となっています。

 

3つのエリア図1

 

出所:JLL(2021)、”Central London office market report Q2 2021”、 p.27、 Jones Lang LaSalle (JLL).

 

オフィス街の再開発

バッキンガム宮殿、国会議事堂、大英博物館、ビッグベン、タワーブリッジ、ウェストミンスター寺院、セント・ポール大聖堂など、ロンドンには誰もが知っている数多くの歴史的建造物が残っています。歴史ある街並みが印象的なロンドンですが、最近は人口の増加によるオフィス不足を解消するために、各地で再開発が進められています。これにより前衛的なデザインの高層建築物も増え、ロンドンを訪れた人々に新しい刺激を与えています。ロンドンでは伝統的な建築と近代的な建築が調和する街並みを楽しむことができます。

 

金融街・シティの高層建築

30 St Mary Axe(サーティ・セント・メリー・アクス)[1]は、シティのセント・メリー・アクス通り30番地にそびえる、180メートル、40階建てのオフィスビルです。曲面ガラスに覆われた特徴的な外見から、人々は「The Gherkin(きゅうり)」というニックネームで呼んでいます。このデザインは、イギリスの著名な建築家ノーマン・フォスター男爵の手によるもので、いわゆるビル風の防止や高いエネルギー効率を目的としており、環境に配慮されています。この地は1903年に建設されたバルチック海運取引所の歴史的な建造物があったため、建築規制が厳しかったのですが、1992年のIRA(アイルランド共和軍)による爆破事件で深刻な被害を受けたことにより、再開発が認められて建設されました。今ではシティを象徴する高層建築物となっています。

 

【引用元】[1] http://www.30stmaryaxe.com/

 

カナリー・ワーフ(Canary Wharf)の高層建築

シティでは、混雑が進み適切な広さを持つオフィスが不足していました。そこで1980年代初頭、当時のサッチャー政権は、カナリー・ワーフと呼ばれるロンドン東部・ドックランズの再開発を進め、近代的な大規模オフィスビルの建設を進めました。ここには、バークレイズやロイターなど英国企業のみならず、アメリカのシティグループ(Citigroup)などの多国籍金融企業もオフィスを移しました。現在カナリー・ワーフは、シティと共に国際的な金融センターとして機能しています。また、高層建築物が立ち並ぶことから、ニューヨークの摩天楼のようなエリアとなっています。ピラミッド型の最上部を持つ、ワン・カナダ・スクウェア[1]は、50階建てで高さが235メートルとこの一帯で最も高いオフィスビルとなっています。

 

【引用元】[1] http://onecanadasquare.co.uk/

 

サウスバンク(South Bank)の高層建築

ロンドン・ブリッジを渡ったテムズ川の南岸サウスバンクにある、“The Shard”[1]は、95階建てで高さが309.6メートルと西ヨーロッパで最も高い建築物です。ここには、住居、オフィス、ホテル、商業施設が入居しています。これは、パリのポンピドゥー・センターや関西空港のターミナルビルを設計した世界的に著名な建築家レンゾ・ピアノ氏の手によります。この超高層ビルは、 後述するBREEAM認証でExcellentの評価を得ています。

 

【引用元】[1] https://www.the-shard.com/shard/a-vertical-city/

 

ロンドンの現在のワークプレイス

ロンドンのオフィス賃料は、世界で最も高い香港に次いで高額です。大陸ヨーロッパ、EUの窓口としての役割を担っていたロンドンは、これまで外国企業のヨーロッパ本社や拠点となっており、これがロンドンの集積を促進させました。しかし、コロナ禍の影響、さらにロックダウンによるリモートワークが続いたことにより、オフィス需要は後退してしまいました。ポストコロナではオフィスで働く人々が良好な職場環境を求め、オフィス需要は質的に変化しつつあります。自然光を取り込む天窓、室内の緑やガーデン、ヨガなどができるスタジオ、静音性の高い室内、駐輪スペースの確保などハードウェアの改善を進め、働く人々の生産性改善をサポート[1]することでテナントの獲得を狙っています。

 

【引用元】[1] https://www.knightfrank.co.uk/office-space/insights/help-with-moving/offices-for-mental-health-and-wellbeing

 

オフィスビルのグリーン投資

コロナ禍において、ロンドンのハイクラスな賃貸オフィスの需要に大きな変化はなく、賃貸価格にも変化がありません。目下、ロンドンの賃貸オフィス市場では、「グリーン・プレミアム(Green Premium)[1]」と呼ばれる一定以上の環境性能を持ったオフィスで、賃貸料が他に比べ高めに推移する現象が起きており、注目を集めています。

グリーン・プレミアムが付く物件は、オフィスのサステナビリティを示す客観的な指標を有しています。たとえば、気候変動への対策として、建築物が省エネ基準を満たしているか等の認証評価にEPC(Energy Performance Certificates)があります。これはAからGまで7段階でエネルギー効率を評価します(Aが最高)。このEPCの評価は、買手、借主に提示することが求められており、2023年以降はEランク以上でないと、オフィスを賃貸することができなくなります。報道[2]によれば、これにより現在のままではおおよそ10%のオフィス(面積による推計)が認定をクリアできず、供給が減少する見込みです。そのため、既存のオフィスビルは、早急に「グリーン」な改築等の必要性に迫られています。

また、イギリスでは建築物の総合的な環境性能を評価する制度として、BREEAM(Building Research Establishment Environmental Assessment Method:建築物環境性能認証制度)を導入しています。これは義務ではありませんが、建築物や周辺環境のサステナビリティを評価する国際的な指標です。現在世界70カ国以上で導入されており、220万を超える建築物が認証登録されています。

このようなESG投資の重要性の高まりもあり、テナントはこれまで以上に環境問題に敏感になっています。オフィスビルのオーナーは、テナントにアピールするために、EPC評価、BREEAM認証などの取得に積極的になってきています。空室率を抑えるための上記のような「グリーン」投資は、賃貸料を高めに設定できる良い機会となるでしょう。

 

【引用元】

[1] https://www.savills.com/research_articles/255800/313147-0

[2] https://www.cnbc.com/2021/08/16/10percent-london-offices-at-risk-of-becoming-obsolete-under-new-energy-rules.html

 

賃貸オフィス物件

シティ(The City)

2021年9月のロイターの報道[1]によれば、ロンドンはBrexit後もなおNYに次いで世界第2位の金融センターと評価されています。シティには金融機関を中心に大企業のオフィスが集積しています。

この物件は、地下鉄のMoorgate駅やBank駅からそれぞれ徒歩4分程度の距離にある、6階建てのオフィスビルで、近年改装されました。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行からほど近い立地です。このビルは、EPCでB評価を得ており、またBREEAM認証ではVery Goodの評価となっています。4階の2、150sf(約200㎡)のオフィスは、必要なオフィス家具等が揃っており、シェアオフィスのように入居後すぐに業務を開始できます。1sfあたりの賃料は年間52.50ポンド、サービスチャージは13.56ポンドとなります。

 

【引用元】[1] https://jp.reuters.com/article/finance-cities-idJPKBN2GN082

 

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ウエストエンド(WestEnd)

この地区には18世紀ロンドン随一の高級住宅街として発展したメイフェアがあります。現在は有数の商業地区として、かつての住宅が高級ブランドショップやオフィスに改築されています。メイフェアは、オックスフォード・ストリート、リージェント・ストリート、ピカデリー、パークレーン(ハイド・パーク)という有名なストリートに囲まれており、コロナ禍以前には世界中から多くの観光客が訪れていました。

この物件は、宝飾品や高級腕時計ブランドの店舗が集まっていることで有名なニューボンド・ストリートにあります。すでにグリーンな改築を済ませており、EPCでD評価、また、BREEAMの認証ではExcellentの評価を得ています。新しい規制下でも取引可能な物件です。この歴史的なビルの2階、893sf(約83㎡)のオフィスの賃料は、1年間で42、500ポンド(サービスチャージ含む)、Business rates[1] は1sf当たり年間13.32ポンドです。契約期間は3年以上が望まれています。

[1] イギリスで、賃貸オフィスを借りる場合、賃料、管理費等を家主に支払い、そしてビジネスレート(Business rates)と呼ばれる固定資産税を地方自治体に収めます。

 

ウエストエンド

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また、同じウェストエンドのナイツブリッジには日本でも有名な老舗デパート・ハロッズやハーベイ・ニコルズがあります。この物件は、先のニューボンド・ストリートに並ぶ高級ブランド店街と評されるスローン・ストリートにあり、1897年に建設された7階建ての歴史的な建築物です。このビルもすでに「グリーン」な改築が済んでおり、EPCのB評価を得ています。また、BREEAM認証ではExcellentの評価を得ています。このビルの5階は457sf(約43㎡)で、4人程度に適した小規模のオフィスです。これはサブリース物件で1sf当たり年間89.91ポンドです。

 

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ポストコロナのワークプレイス

ワクチン接種が進み、マスク着用も不要となり、ロンドンではかつての賑わいが戻ってきているように見えます。しかし、ロンドン商工会議所(London Chamber of Commerce and Industry)によるロンドンの520人の経営者への調査[1]によれば、およそ半数の企業がポストコロナにおいても従業員が最大で週5日リモートワークを継続するとし、特に小規模の企業ほどリモートワークを推奨する傾向があると報告しています。また、ビジネス向けSNS・LinkedInの調べによれば、月・火曜日を全社員の出社日とする曜日限定型のリモートワークを実施する企業が多いようです。このように、コロナ禍のロックダウンを経験し、ロンドンのワークプレイスは今後もリモートワークが定着していく見込みです。一方、どこにいてもリモートで仕事をすることが可能になるということは、外国への業務委託(アウトソース)を促進させることにもつながり、今後イギリス国内の600万人分の雇用が失われる恐れがあるという報告もあります。

また、2021年第2四半期コロナ禍でロンドンのオフィス空室率は、シティで7%、カナリー・ワーフで12%と高止まりしています。2019年第2四半期に比べるとそれぞれ3%、4%ポイントの上昇です。環境規制によりロンドンのオフィス供給は一時的に減少する見込みのため、空室率の高止まりは一時的に緩和されるかもしれません。しかし、Brexitにより外国企業がEU圏内にオフィスを移転させるケースもあり、今後オフィス需要がコロナ以前の水準に戻るかは不透明ですから、オフィスビルのオーナーらによる空室率を下げるための努力は引き続き必要になっていくでしょう。

いずれにしても、ロンドンにおけるオフィスのグリーン投資が進むことは、地球環境にも、働く人にも優しい、サスティナブルなワークプレイスになっていくことは間違いないでしょう。

 

【引用元】[1] https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-06-21/half-of-london-companies-plan-for-home-working-five-days-a-week

 

記事作成者

井尻直彦教授 井尻 直彦(Naohiko Ijiri)

日本大学経済学部教授,前経済学部長。専門は国際経済学。静岡英和学院大学を経て,2003年より日本大学経済学部に奉職。OECDコンサルタントなどを経験。日本大学経済学部卒業,英国Nottingham大学大学院修士課程(MSc)修了。2019年よりNPO法人貿易障壁研究所(RIIT)を立上げ,理事長・所長を務める。
【NPO法人貿易障壁研究所(RIIT)】https://riit.or.jp
【研究業績】Research map https://researchmap.jp/read0193441
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