ウィズコロナの現状
日本政府は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を2022年3月下旬で終了し、社会経済活動を取り戻すことを選択しました。これは政府がいわゆるウィズコロナを選択したことに他ならないでしょう。これにより大学を含めて教育機関は新学期の4月から原則的に対面授業に戻りました。
新型コロナウイルスに有効なワクチンや治療薬ができたことから、社会は深刻なコロナ禍においても一歩前に進もうとしています。しかし、現在も変異株の発生が連続し、感染者が波を打って増減を繰り返しているため、依然としてコロナ禍の収束は見えてきていません。国土交通省の鉄道輸送統計調査(2022年10月速報値)によれば、2022年10月の鉄道の旅客数はパンデミック前(2019年10月)の86.1%となっています。また、図1にあるように東京都心部の2022年末頃の人出は2020年1月の90%前後になっています。かなり回復していますが、感染が拡大するようであれば再び人々は外出を控えることになるでしょう。加えて、図2にあるようにオフィス街の人出は、繁華街よりもかなり少なくなっています。これはポスト・コロナにおいてオフィス街の賑わいはかつてとは異なることを示唆しているでしょう。収束後のニューノーマルが到来するのはまだ先になりそうですが、「ウィズコロナ時代のニューノーマル」はもう始まっています。
ウィズコロナでは、緊急事態宣言下では設けられていた飲食店などへのさまざまな「協力金」の支給はなく、経営に深刻なダメージを与えているケースも見逃せません。これまで来店客の減少、休業要請などで打撃を受けてきた飲食業ですが、パンデミック以前では黒字であった店でさえも経営体力の消耗があり、あきらめによる店舗の撤退が増えています。この場合、賃貸店舗であれば原状回復を求められ、さらに厳しい財政状態に陥り経営破綻が増える恐れもあります。
東京商工リサーチによれば、新型コロナ関連の経営破綻(負債1,000万円以上)は、2021年では1,718件で、2020年の843件に比べて2倍に増加しました。さらに2022年は前年から3割増の2、282件と、大幅に増加しました。また負債1,000万円未満の小規模倒産は累計245件だと判明しました。この結果、負債1,000万円未満を含めた新型コロナウイルス関連破たんは累計で5,088件に達しています。
このように飲食業界にとっては、感染の波が繰り返されるこのウィズコロナのニューノーマルこそがもっとも厳しい時期となると考えられます。それゆえ、生き残るために、望ましくは「勝ち残る」ために事業の再構築を急ぐ必要があります。
図1 繁華街の人出
出所:https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/cross-efforts/corona/people-flow-analysis.html
図2 オフィス街の人出
出所:https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/cross-efforts/corona/people-flow-analysis.html
GとLの経済圏とニューノーマル
近年話題となった社会の分析視点に冨山和彦氏が提唱している「GとLの経済成長戦略[1]」があります。グローバルな経済活動を中心とするGの経済圏と、ローカルな経済活動を中心とするLの経済圏の間には隔たりがあり、それぞれ必要とするスキルが異なるとしています。そして日本経済は、一部のグローバル企業と多数のローカル企業で成り立っているとし、日本経済の再生にはローカルな経済活動を中心とするLの経済圏の活性化が不可欠であると指摘しています。
たしかに、ローカルな企業の直接的な取引相手はほとんどが国内であり、この点では、これらLの企業がローカルな取引に必要なスキルを向上させられればLの経済圏を活性化できるはずです。飲食サービス業は、店に足を運んでくれた顧客にサービスを提供するという本質的にLの経済圏に属しています。World Cities Culture Forumの調べによれば、東京は世界の主要都市と比べてもレストラン・飲食店の数が多く[2]、消費者は多数のお店、豊富な料理の種類の中から、人数や予算、その日の気分によって最適なお店を選ぶことができます。また、ミシュランの星を獲得したお店も世界でもっとも多くなっています。質の高い飲食店が多いのは、東京のレストラン市場における厳しい競争の結果かもしれません。これらは高いスキルをもったLの企業と言えるでしょう。
一方、これらLの企業も間接的にグローバルな経済活動の影響を受けるということを忘れてはいけません。パンデミック以前では外国からの旅行者などグローバルな消費者が顧客となる場合もあり、飲食店によってはGの経済圏の利益を享受でき、客単価を高めることができていました。ところが、国境の移動が厳しく制限されるパンデミックにより、外国人旅行者をターゲットとしていた飲食店の売上は大幅に減少しました。それだけではなく、外出自粛やリモートワークが典型的なLの経済圏である飲食サービス業にも致命的な影響を与えました。Lの経済圏の活性化は、日本経済の再生のための必須条件です。コロナ禍において特に打撃を受けている飲食サービス業の早急な再生がひとつの鍵となるでしょう。ポスト・コロナに勝ち残るためのパラダイムシフトが今求められています。
コーポレート・トランスフォーメーション(CX)−経営者の力
このパンデミック下で人びとはインターネットを利用する時間が急増しています。英国BBCの報道によれば、イギリスのインターネットのデータ使用量はコロナ禍の2020年には前年の2倍以上になりました。また、マッキンゼーの調査によれば、コロナ禍で世界の主要国のDX ( デジタル技術の活用)のスピードが数年分速まったそうです[3]。日本もそれまで伸び悩んでいたDXが急速に進み、さまざま業界において顧客からの注文をウェブ経由で受け付ける機会が増えています。これはパンデミックとデジタル技術が生んだ大切な変化です。
DXは、世界経済にとってコロナ禍で生じた重要な「Turn Around(方向転換)」です。ウィズコロナ、ポスト・コロナにおいても推進するべきでしょう。市場経済は外生的なショック(今回はパンデミック)が発生した場合、企業や人びとにしなやかに対応することを求めます。飲食店の多くは、ビジネスを存続させるために、この窮地においてもDXを巧く使い、売上を下支えしてきました。その一例が世界と同じく日本でも急速に一般化したUberEatsなどのデリバリーサービスを利用したテイクアウトへの対応でした。これにより、より一層消費者の「宅食」の傾向が高まったのはいうまでもありません。
東京・神田にほど近い、家族経営のイタリアンのお店。コロナ禍以前には、大人が集まる、美味しい料理とワインにこだわったこの繁盛店も、他のお店と同じようにコロナ禍で休店していました。しかし休店中にも、冷凍した自慢の料理やワインを通販で提供しています。お店のHPから注文することができますが、人気があるため毎日料理はほぼ売り切れてしまい、料理が届くまで数ヶ月待ちが当たり前です。ローカルな飲食店にとって消費者の目につくプレゼンスが大切であり、新しい顧客に届くようにDXを活用したオウンドメディア戦略による情報発信・ブランド力の醸成が大切になります。
もっとも企業にとってDXはビジネスのツールであり、より重要なのは、企業自らがDXを戦略的に賢く活用し、高収益化にむけた経営改革の推進です。すなわち、経営者はコロナ禍がもたらしたニューノーマルに賢く適応し、さらにポスト・コロナを見据えた新しい戦略とその実践によって企業改革−コーポレート・トランスフォーメーション(CX)に勇気を持って挑戦することが大切です。現下のパンデミックという大きな危機において経営者の能力が試されています。
CX の例:町中華のM&A
ローカルなレストランの代表といえる、町中華。高齢化が進み、後継者問題を抱えているところに、このパンデミックが発生しました。ローカルな顧客に愛されていても、独自でDXへの対応は難しい状況です。これまでのように協力金の支給があればなんとか経営が存続してきましたが、協力金の支給がなければコロナ禍で店が今後も継続できるかはわかりません。そんな中で、大手中華チェーンがその町中華店を買収し、その後もこの店の味を継続することとしました。これは顧客、地域、お店にとって望ましい展開だと思われます。これによりローカルな町中華のCXが進みました。
CXの例:レンタルスペース
2022年夏以降、入国規制が緩和され、インバウンドが徐々に増えていますが、コロナ禍でインバウンドはほぼ消滅していました。そのため、飲食店や宿泊施設の利用客が大幅に減少しました。特にコロナ以前に急増していた民泊施設は苦境に立たされました。そこで飲食店・宿泊施設は、少しでも収入を確保するために、スペースを「レンタル(時間貸し)」するという新しいビジネスへCXを進めています。
飲食店は、来客が期待できない夜間や週末を、キッチンも含めて貸し出すところもでてきました。民泊向けのマンションもグループのパーティなど宿泊以外の利用者に貸し出しをしています。また、都心部では中小規模のオフィスの一室を改装しキッチンを設置し、パーティーや料理教室、様々なセミナーにも使えるレンタルスペースが増えています。
これらのレンタルスペースは時間貸しですから、感染者が減れば従来の使い方に戻せば良く、感染者が増えればこのような代替的なビジネスを進めれば良いわけです。コロナ禍でレンタルスペースの予約サイトも増えてきており、顧客の裾野は拡がっているようです。
H(高付加価値)の世界へーポスト・コロナの飲食サービス業
LでもGでも経済活動には、高付加価値(High value-added: H)と低付加価値(Low value-added: L)があります。ポスト・コロナにおいても仕事に関わる人の移動やオフィス街の人出は、以前の水準には戻らないかもしれません。国際比較は難しいのですが、アメリカのレストランの純利益率はおよそ2%から6%ですが、日本の飲食サービス業の純利益率は1%未満と低くなっています。今後も来客数が減少することを想定すると、飲食業界は客単価を上げ高付加価値(H)を目指す必要があります。
ローカルな飲食サービス業とはいえ、DXは消費者の利便性を高めます。お店でもウェブ予約を導入すると、売上を伸ばせる可能性があります。たとえば、リアルタイムに空席情報がわかれば、急に友人・同僚らと会食・飲み会に行くことになっても、お店を探す手間が省けますし、複数の候補があれば、料理や飲み物、雰囲気により好ましいお店を選ぶこともできるようになります。たとえカウンターだけの小さいお店だとしても空席情報は集客に有効です。さらに、予約状況により価格が変動するダイナミックプライシングを導入できれば、フードロスを減らせる可能性もありSDGsにも貢献します。このようなDXは飲食店の高付加価値化を後押しするでしょう。
世界の人びとはコロナ禍において「オンライン」の優れたところを学ぶとともに、「リアル(対面)」の良さに改めて気づかされました。パンデミックで失ったかつての日常がどれほど対面に基づく世界であったかを深く感じるようになったはずです。それゆえ、状況が許せば外食をしたい、せっかくだから名店を訪れたい、という「ハレの日」需要が潜在的に高まっているのでしょう。
どんなに有名なレストランだとしても競争があり、新しいことに挑戦しなければ時間とともにその名声が少しずつ薄らいでいく恐れがあります。そこで、コロナ禍でもネットを活用し冷凍した料理の宅配サービスを提供したり、看板料理を自宅で作れるようレシピを公開したりするなど、自社のブランドに関わりを持ち続けてもらう、もうひとつのCX、カスタマー・エクスペリエンスが大事になっています。
ポスト・コロナには、対面の飲食店に足を運んでもらうための理由がこれまで以上に必要になるでしょう。飲食サービス業にはHを目指し、インバウンド需要の獲得とともに、「ハレの日」需要を獲得できるよう、2つのCXの推進に期待したいと思います。
[1] 冨山和彦著『なぜローカル経済から日本は蘇るのか GとLの経済成長戦略』PHP研究所 2014年
[2] 日本の外食の店舗数の多さの理由は,出店の制度的な容易さにあるという指摘もあります。
[3] https://www.mckinsey.com/business-functions/strategy-and-corporate-finance/our-insights/how-covid-19-has-pushed-companies-over-the-technology-tipping-point-and-transformed-business-forever#
記事作成者
井尻 直彦(いじり なおひこ)
日本大学経済学部教授,前経済学部長。専門は国際経済学。静岡英和学院大学を経て,2003年より日本大学経済学部に奉職。OECDコンサルタントなどを経験。日本大学経済学部卒業,英国Nottingham大学大学院修士課程(MSc)修了。2019年よりNPO法人貿易障壁研究所(RIIT)を立上げ,理事長・所長を務める。 |
(監修)萩原大巳よりコメント
日本経済復興の本丸は中小個人経営413万社の生産性向上以外にない。日本のGDPの7割、ワーカーの8割はこの「Lの経済圏」である。413万社の負債はコロナ前の3倍、勝ち残りを目指し、CX(コーポレート・トランスフォーメーシヨン)に挑戦する大転換期である。
日本企業お得意の擦り合わせも、リモートワーク対応では厳しい。
飲食業は値上げができる業態に変化対応することしか勝ち残りはできない。DXの前にCXに挑戦である。
皆様の成功を陰ながら祈願致します。
萩原 大巳 (Hiromi Hagiwara)
一般社団法人RCAA協会 理事
オフィス移転アドバイザーとしての実績は、600社を超える。原状回復・B工事の問題点を日経セミナーで講演をする。日々、オフィス・店舗統廃合の相談を受けている。オフィス移転業界では、「ミスター原状回復」と呼ばれている。 |
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