コロナショックとワークプレイス@シアトル ◆アメリカ編◆

2020.10.04

シアトルのコロナショックとワークプレイス

Tech企業も住みやすい街 ーシアトルー

シアトルは,Microsoft社やStarbucks社の本社やボーイング社のエバレット工場があるアメリカ西海岸・ワシントン州の中心的な都市です。ここは,イチロー選手が所属していたシアトル・マリナーズの本拠地でもあり,また日本から飛行機で約9時間と近いこともあって,日本に馴染みのある都市の一つです。シアトルのアイコンである,スペース・ニードルやT-モバイル・パーク(旧セーフコフィールド)を目にしたことがある方も多いと思います。

シアトル市は,全米で最も住みやすい都市に選ばれことでも有名です[1]。近年では,Amazon社を筆頭にTableau Software社, Porch社, SAP Concur社, Expedia Group社など成長著しいTech企業の本社が集まっています。Amazon社のようにシアトル市の中心部にオフィスを構える企業もあれば,Microsoft社のように郊外に巨大なオフィスを構える企業もあります。

シアトルは,同じ西海岸のシリコンバレーに次ぐTech企業のスタートアップが住みやすい都市と言えます。

 

[1]   WalletHub社の「アメリカで最も住みやすい大都市」ランキングで2019年に3位に選ばれた(18年は1位)

 

エバーグリーンステートは人を惹き付ける

人口が増加しているワシントン州

シアトル市があるワシントン州の愛称は,エバーグリーンステート。その愛称のとおり常緑樹が多く年間を通して美しい緑が拡がっています。 Census Bureau によれば,ワシントン州の人口は,過去10年間で13%増加し,2019年には約760万人に達しています。これは全米の人口増加率の2倍以上であり,ワシントン州の人口がハイペースで増加していることがわかると思います。そして,同州の2018年の一人あたり所得は$36,800と,全米の一人あたり所得$32,000を上回っています。同州の外国生まれの人口比率は14%で全米のそれとほぼ同じであることを考慮すると,他州からより良い職を求めてワシントン州に転入する人が数多くいると考えられます。シアトル市が住みやすい街に選ばれるのは,美しい自然環境に加えて経済的な好環境も一因なのでしょう。

住みやすい大都市のシアトル

シアトル市の人口は2019年で約75万人です。同じ西海岸の大都市,ロサンゼルス市の400万人には及びませんが,サンフランシスコ市の人口88万人,東海岸のボストン市の人口70万人と比べると,シアトル市はアメリカにおける標準的な大都市と言えます。一方でシアトル市の人口密度は,7250人/平方マイルと,サンフランシスコ市の半分以下です。このようにシアトル市は,大都市にしては比較的人口密度が低く,住みやすい環境と言えます。Downtown Seattle Associationの調査によれば,シアトル市民のおよそ半数,34万人ほど[2]がシアトル市中心部で働いています。このシアトルでもコロナ禍において,人々の働き方は変わることになりました。

 

[2]   たとえば,Amazon社には2.5万人が雇用されています。

 

シアトルのパンデミックと今後のワークプレイス

新型コロナウィルスの感染拡大を受けて,ワシントン州は3月23日に自宅待機令を発令し,州全体でロックダウンを進めました。これ以降多くの企業が可能な限り業務をリモートワークに切り替えています。日本とは違い,アメリカの企業はすでにリモートワークの制度を整えていたところが多く,また住宅の広さも日本とだいぶ異なっており,とくに郊外に住むビジネスパーソンは”Work from Home”にスムーズに対応することができたといえます。また,シアトル市の各家庭のPCの保有率は94%,各家庭のブロードバンド利用率は88.9%で,それぞれ全米の88.8%,80.4%よりも高く,シアトル市のリモートワークのインフラ整備は相対的に良好であると言えます。Commute Seattleの調査によれば,81%の人々がリモートワークは順調であると回答しています。

感染予防策として市内中心部にあるオフィスビルでは,日本でもお馴染みになった入館時の体温チェック・手指の消毒,オフィス内の定期的な殺菌やソーシャルディスタンス,エレベーター乗車人数の制限,ドアノブ・ボタン等との接触制限などが,実施されています。日本ではコロナ禍のワークプレイスの見直しとして,シェアオフィスの利用を検討している,という記事を目にしますが,反対にアメリカでは,感染予防のためオフィスのフリーアドレス制の廃止を検討している,という報道があります。これは,キーボード,マウス等のシェアが感染を引き起こすという懸念があり,固定デスクへの切り替えやBYOD[3]による個人PCの利用を進めるというものです。

Amazon社は,この7月にパンデミックの収束が不確実なため,2021年1月8日までリモートワークを延長することを決めました。Google社は,ソーシャルディスタンス確保のために,オフィススペースの拡大を検討しています。各社にとって,様々な感染予防策を講じつつ,リモートワークを継続し,フレキシブルな働き方を実践するのがニューノーマルとなりそうです。

 

[3]    Bring your own deivicesの略。従業員が個人のPC等を持ち込み業務に使用する。

 

コロナ禍における不動産市場の現状

不動産価格の動向

アメリカの中央銀行である連邦準備理事会(FRB)による量的緩和政策(Quantative Ease:QE)により,アメリカの資産価格は下げ止まり,段々と上昇傾向に転じています。現時点では,今後急速なインフレーションが生じるとは予測されておらず,しばらくインフレ率2%をターゲットとする緩和的な金融政策が維持されていくと考えられています。Norada Real Estate Inverstments社によれば,シアトルの不動産価格は春先にはコロナショックにより下落するという懸念がありましたが,量的緩和政策が奏功したのか,シアトル都市圏[4]では7月には前年同月比で約1.5%上昇しています。

 

[4]   シアトル市,タコマ市,ベルビュー市などを含むワシントン州における最大の都市圏。コアベース統計地域。人口規模では全米第15位の都市圏である。

シアトルのオフィス賃貸レート

一方で,オフィスの賃貸レートは短期的な需給バランスによって左右されると考えられます。総合不動産サービス会社のJLL(Jones Lang LaSalle)社の調査によれば,コロナ禍によって全米の賃貸オフィス需要は2020年第1四半期では前期比で約20%減少し,さらに第2四半期には約50%の減少となり,これは記録的な需要の崩壊となっています。

この調査によれば,シアトル[5]の平均的なオフィス賃貸レートは,1s.f.(Square foot,平方フィート) 当たり$45.19であり,これは全米主要都市のなかで8番目の高さになります。最も高いのは,サンフランシスコ市で91.62米ドル,次いでニューヨーク市の$85.15となっています。

昨年の第3四半期のシアトル市の賃貸レートは$43.99で,空室率は本年第1四半期とほぼ同じ約10%でした。つまり,コロナ禍においても賃貸オフィスの需給バランスに大きな変動は無く,賃貸レートは緩やかに上昇しています。

 

[5]   これは,シアトルーベルビュー地域。不動産の統計では,ベルビュー市と合わせた地域として掲載されることが多い.。

 

シアトル市中心部の賃貸物件の例

2020年9月1日の時点でテナント募集中のシアトル中心部の賃貸オフィスには,次のような物件があります[6]。まず,ビジネスの中心街である,CBD(Central Business District) に立地する5階建のオフィスビルです。このビルは 1907年に建てられ,1999年にリノベートされています。このビルの3階は5118s.f.(約476平米,約144坪)の広さがあり,1s.f.当たりの賃料が$34(年間)です(写真1,間取り図1)。これは1ヶ月$14,484(約153万円,$1=105.7円で計算)の賃料になります。

 

 

ビルのスケルトン画像

※写真1

 

ビルの平面図01

※間取り図1

 

次に,CBDの南側に位置するDown townエリアでは,2001年に建てられた14階建ての近代的なオフィスビルです。このビルの8階は14,962s.f.(約1391平米,約421坪)の広さで,1s.f.当たりの賃料が$36(年間)です(間取り図2)。これは1ヶ月では$44,886(約474万円)の賃料になります。これらは平均的な賃貸レート以下の物件です。

 

ビルの平面図02

※間取り図2

 

そして,CBDの目抜き通りであるパイク・ストリートに面する2000年に建てられた22階建てのオフィスビルの場合,19階は21,063s.f.(約1959平米,約593坪)の広さで,1s.f.当たりの賃料が$48(年間)と平均的な賃貸レートを上回っています(間取り図3)。これは1ヶ月では$84,252(約891万円)の賃料になります。

 

ビルの平面図03

※間取り図3

 

[6]   https://www.loopnet.com/

 

穏やかに推移するシアトルの不動産市場

Amazon社はリモートワークの継続を決定しましたが,この期間もオフィスの感染防止策を徹底したうえで,全社員はオフィスを利用することができます. また,Amazon社はマンハッタンで,今後3500人を採用し,63万s.f.(約58,529平米,17,705坪)規模のオフィスを新たに構える計画を発表しています[7]。現時点で,Amazon社はオフィスの拡大を目指しています。Commute Seattleの調べによれば,約半数の人々が今後もリモートワークが続き,オフィスへの出社は週2,3回程度になると予想しています。今のところ,Amazon社はシアトルでオフィスを拡大するという計画を発表していません。他方で,他の大手企業もオフィスの賃貸契約を解消するという発表もありません。先のJLL社は,短期的にはシアトルのオフィスの需給バランスは現状で推移すると予測しています。これまで順調に成長してきたシアトルの不動産市場は,しばらくは穏やかに推移すると考えられます。

 

[7]   https://blog.aboutamazon.com/company-news/amazons-actions-to-help-employees-communities-and-customers-affected-by-covid-19

 

《参考文献・データ》

  • nes Lang LaSalle.”United States office outlook-Q2 2020”

https://www.us.jll.com/en/trends-and-insights/research/office-market-statistics-trends

  • Census bureau, Data

https://www.census.gov/data.html

  • Norada Real Estate Investments, “Seattle Real Estate Market & Investment Overview 2020”

https://www.noradarealestate.com/blog/seattle-real-estate-market/

  • Down town Seattle Association, “After a Decade of Growth, COVID-19 Impacts Downtown Jobs”

https://downtownseattle.org/programs-and-services/research-and-development/employment/

  • Commute Seattle, “SURVEY RESULTS: WORKPLACE EXPERIENCES DURING CORONAVIRUS”

https://commuteseattle.com/articles/survey-results-workplace-experiences-during-coronavirus/

 

記事作成者

井尻直彦教授

井尻 直彦

日本大学経済学部教授,前経済学部長。専門は国際経済学。静岡英和学院大学を経て,2003年より日本大学経済学部に奉職。OECDコンサルタントなどを経験。日本大学経済学部卒業,英国Nottingham大学大学院修士課程(MSc)修了。2019年よりNPO法人貿易障壁研究所(RIIT)を立上げ,理事長・所長を務める。
【NPO法人貿易障壁研究所(RIIT)】:https://riit.or.jp
【研究業績】Research map https://researchmap.jp/read0193441
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