グローバル・ブリテン「ロンドン」は資本主義の断末魔?

2024.07.15

グローバルブリテン「ロンドン」は資本主義の断末魔?

コロナパンデミックとデジタル革命が人間の価値観をどう変えたのか?

ロンドンはヨーロッパ随一の国際都市であり、テムズ川東側の再開発地区であるカナリー・ワーフは、かつて衰退していた倉庫街からカナダ系デベロッパーによって国際金融の新エリアとして開発されました。ランドマークとして知られるワン・カナダ・スクウェアや世界トップのメガバンクであるHSBCの本社ビルがありましたが、これらのランドマークの空室率が2割を超え、オフィス稼働率は3割と報告されています。

 

カナリー・ワーフには地下街、スーパー、文化施設、劇場、スポーツジム、ホテル、クリニック、ワークプレイスなど、生活に必要なインフラが整備されていますが、総合商業ビルの空室率が2割を超えたことは大きな衝撃をもたらしました。

 

一方、東京のカレッタ汐留は電通グループや富士通の本社が移転し、関連会社のオフィスも次々と移転しました。しかし、ランチタイムでも飲食店が閑散としているため、「枯れた汐留」と揶揄されることもあります。このコラムでは、ロンドンの現状を不動産の視点からレポートしています。

 

英国の新たな経済圏への挑戦

ユニオンジャックは再びアジア・イスラム経済圏を目指しています。ロンドン、ドバイ、ベンガロール、シンガポール、シドニーなどの金融都市は、25億人の英語経済圏となります。

 

かつて大英帝国は産業革命を経て議会制民主主義と資本主義を築き上げ、7つの海を支配しました。この小さな島国から地政学や官僚主義も生まれ、その思想の根底にはアーノルド・J・トインビーやマックス・ウェーバー、そしてチャールズ・ダーウィンの進化論が存在しています。ダーウィンが唱えた言葉は「最も変化に敏感な生物が生き残る」です。

 

2024年7月、総選挙で労働党が圧勝し、リシ・スナク首相は国民に信を問うため解散総選挙を決断しました。労働党の圧勝は「ゆりかごから墓場まで」絶対多数による国民の幸福追求を象徴しています。

 

毎週30分行われる与野党の党首会談は、社会問題の最適解を求める場となっています。リシ・スナクとキア・スターマーの議論は次のように要約されます。

 

①NHS(National Health Service)の崩壊

コロナパンデミックにより感染者の1%が亡くなり、標準治療の遅れから75万人が亡くなったといわれています。

 

②中小零細企業の財務損傷

レイオフや物価上昇により生活苦が増し、治安悪化やホームレスの増加が見られます。

 

③移民問題

ロンドンでは英国生まれの市民が38%に過ぎず、英国人は少数派になりつつあります。

 

④ハウジング イシュー(Housing Issue)「家賃高騰問題」

ロンドンでは、2ベッドルームのフラット(約90m²)の家賃が80万〜120万円と高額で、平均的な労働者の給与では生活が困難です。4人でシェアしても、一人あたりの負担は20万〜30万円にのぼります。物価や家賃が高騰するロンドンでは、多くの移民や留学生にとって厳しい生活環境となっています。

 

⑤BREXITからBREGRET

英国のEU離脱は本当に正しかったのか。国民の6割以上が、特に若者を中心に、EU離脱は誤りだったと考えています。

*REGRET:「BREXIT」と「regret(後悔)」を組み合わせた造語で、EU離脱が誤りだったと感じる人々の後悔の気持ちを表現しています。

 

⑥ウクライナ戦争とイスラエルVSハマス戦争のリスク

世界の混迷を象徴するこれらの局地戦争の対応が問われています。

 

 

私の私見ですが、①から⑥までの課題はすべて経済に直結しており、コロナ禍と同時に発生しました。シーパワーの代表国家であるイギリスは、シンガポールを拠点にTPPへの加盟を申請し、日本、インド、アメリカ、オーストラリア、イギリスのアライアンスであるJAUKUSを主導しています。また、インド、中東、北アフリカのイスラム経済圏はドバイを拠点に、ロシアや世界のユダヤ金融資本と協力して活動しています。

 

EUの5.7億人の経済圏も視野に入れ、NATOの再結束を呼びかけるヨーロッパのリーダー国となっています。

 

私たち日本人は、アメリカを通して世界を見ています。日本のマスメディアもアメリカの記事をそのまま放送することが多いです。しかし、アジア、インド、中東、イスラム経済圏では、BBCが最も信頼されており、カタールのアルジャジーラもBBCと協力して、世界に向けてアラビア語と英語で24時間ニュースを発信しています。英国は、情報からインテリジェンス(優先順位に基づく統合情報)へと進化し、ソフトパワーで世界に多大な影響を与え続けています。

 

リシ・スナク首相はベンガロールで生まれ、医師の父と薬剤師の母のもとで育ちました。オックスフォード卒でゴールドマン・サックスのエリートアナリストとして活躍し、国民の支持、倫理観、愛国心がなければ成功しないことをよく理解しています。彼はトインビー哲学を実践し、歴史と地政学を学び、英国に誇りを持つ新しい英国人です。

 

彼が提案した徴兵制度の復活は、公共サービスや軍隊での心身の鍛錬、人脈作り、意見交換の機会を提供することを目的としています。

 

マックス・ウェーバーの社会学に基づき、すべての公共サービスには予算が必要です。財務の透明化が求められ、縦割りの役所は肥大化し予算が膨れ上がります。適正な人員と予算、政治、税制、官庁、すべてを透明化し、民間との人事交流や評価まで検証しています。例えば、NHKはBBCの2倍の人員、3倍の予算を持つ公共放送ですが、どちらが存在価値があるかは明らかです。

 

デジタルテクノロジーを活用して新しいユニオンジャックを創造しています。日本でもオックスフォードやケンブリッジなどでエリート教育を受けたビジネスパーソンが多く存在します。三菱地所ロンドン社は、シティ・オブ・ロンドンに過去最大のランドマーク「Bishopsgate」を2024年6月19日にオープンしました。このプロジェクトもアカデミア人脈から誕生したと言われています。

 

教育が未来を創ります。イギリスのエリート教育について考察する機会として、オックスフォード卒の弁護士である労働党のキア・スターマー首相の政策に注目する必要があります。

 

労働党が政権交代を果たし、新首相スターマーに注目集まる

イギリス選挙

 

2023年、イギリスの総選挙で労働党は410議席を獲得し、14年ぶりの政権交代を実現しました。前首相スナクは経済混乱や国民生活の立て直しに失敗し、物価上昇や家賃高騰、医療体制の混乱が市民生活を直撃したことが、歴史的惨敗につながりました。

 

新首相に就任したキア・スターマーは、「有能だが退屈」と評価されています。彼は人権派弁護士として名を馳せ、2015年に政界入りしました。わずか4年で党首となり、左寄りだった党を中道に戻し、選挙に勝てる政党に改革しました。

 

経済混乱と市民生活の困難

スナク首相はビジネスマン出身で経済に明るいとされていましたが、それでも経済混乱や国民生活の立て直しに失敗しました。具体的には、「高すぎる物価」「払えない家賃」「混乱する医療体制」の3つが市民生活を直撃しました。

 

高すぎる物価

例えば、卵は12個入りで約670円、きゅうり1本約170円と日本とは比較にならないほど高くなっています。食品全体では、2022年と比べて25%も上昇しており、特に低中所得者層に大きな打撃を与えています。

 

払えない家賃

ロンドン市内の家賃は急激に上昇し、2020年より2024年現在まで毎年前年比で6~7%増、2020年家賃より約35%高騰しました。その結果、ロンドン市ではホームレスが14.5%増加しました。

 

混乱する医療体制

NHS(無料国民医療サービス)の財源問題や運営上の課題が顕在化しています。トロンボーン奏者でがん患者のナサニエルさんは、NHS(無料国民医療サービス)での治療を受けるまでに100日以上待たされ、その間に症状が悪化したと訴えています。

 

スターマー新政権への期待と課題

スターマー新政権への期待と課題

 

イギリス国民は変化を求め、労働党に大きな期待を寄せています。しかし、問題が根深いだけに特効薬はなく、スターマー新首相がどのように対応していくかが重要です。労働党への期待を裏切らないよう、スターマー首相が市民の生活を改善する具体的な政策を実行できるかが注目されます。

 

経済改革と支援策

スターマー政権は経済成長を促進するため、労働市場の活性化、中小企業支援、グリーンエネルギー投資を含む包括的な改革プランを予定しています。労働市場の流動性を高め、働きやすい環境を整備することで、失業率の低減と賃金の引き上げを目指します。

家賃高騰には住宅供給の拡大と賃貸市場の規制強化を進め、特に低所得者向け公営住宅の建設を促進します。また、家賃補助制度の拡充で経済的に困窮する家族を支援します。

 

医療制度の改善

NHS(無料国民医療サービス)の問題はスターマー政権の大きな課題です。医療サービスの遅延や不足に対する市民の不満を解消するため、NHS(無料国民医療サービス)の財源確保と効率的な運営を目指します。医療従事者の賃金引き上げや働き方改革、先進医療技術の導入、デジタルヘルスケアの推進により、医療サービスの効率化と患者満足度の向上を図ります。

 

教育と社会福祉の強化

スターマー政権は、すべての子供が平等に質の高い教育を受けられるよう教育制度を改革します。特に貧困家庭の子供たちへの支援を強化し、教育格差の是正を図ります。また、高齢者や障害者への支援を拡充し、福祉施設の整備や福祉従事者の待遇改善により、福祉サービスの質を向上させます。

 

環境政策と持続可能な発展

環境問題への対応として、再生可能エネルギーの導入を加速し、カーボンニュートラルの実現を目指します。グリーンテクノロジーの研究開発や環境インフラの整備に重点を置き、持続可能な経済発展を推進します。資源の有効利用や廃棄物削減、リサイクル率向上、プラスチック使用の削減など具体的な環境保護策を講じます。

 

市民との対話と信頼関係の構築

スターマー首相にとって、市民との対話と信頼関係の構築も重要な課題です。市民の声を政策に反映させるために、透明性のある政治運営と積極的なコミュニケーションが求められます。特に、若者や地方の意見を積極的に取り入れ、多様な視点を政策に反映させることが重要です。

 

2024年のロンドンのオフィス利用状況「回復と成長」

2023年には、ロンドンのオフィス利用率が20%縮小するとの予測がありましたが、2024年には大きな変化が見られました。

 

オフィス利用率の増加要因

経済状況の改善

経済環境が改善し、雇用者市場へのシフトが進んだことで、企業がオフィスへの復帰を促進しています。

 

インセンティブの増加

企業は従業員に対してオフィス復帰のインセンティブを増やしています。これには、職場での対面での協力やコミュニケーションの重要性を強調することが含まれます。

 

職場デザインの改善

新しい働き方に対応するために、オフィスのデザインが改善され、従業員がより快適に働ける環境が整備されました。これには、協力スペースやプライベートなミーティングルームの増加が含まれます。

 

高品質オフィススペースへの需要の高まり

ロンドンのオフィススペースに対する需要は引き続き高く、企業は高品質のグレードAオフィススペースを求めています。多くの企業が「オフィスファースト」の働き方を採用しており、この需要の増加はリースボリュームやプライムレンタルの成長を支えています。

 

中央ロンドンにおけるリース活動の活発化

2024年のロンドンのオフィス市場では、特に中央ロンドンにおけるリース活動の活発化が見られます。最高品質の建物に対する競争が激化しており、企業は現在のオフィススペースを拡大または維持することを望んでいます。

 

 

2024年には、ロンドンのオフィス市場において利用率や需要の大幅な増加が見られ、企業のオフィススペースに対する戦略が進化しています。これにより、ロンドンのオフィス市場は回復し、成長を続けています。

 

 

2023年から2024年にかけてのHSBCのオフィス戦略と市場への影響

2023年から2024年にかけてのHSBCのオフィス戦略と市場への影響

2023年のHSBCの動向

2023年、HSBCは本社をロンドン東部カナリーワーフ地区の45階建て超高層ビル「HSBCタワー」から、ロンドン中心部のシティにある小さなオフィスビルに移転することを決定しました。この動きは、新型コロナウイルスのパンデミック後に在宅勤務が定着し、多くの企業がオフィス面積を縮小する中での象徴的な事例となっています。企業がオフィス面積を減らす背景には、在宅勤務の普及や環境目標達成のための取り組みがあり、不動産開発会社や賃貸物件オーナーにとっては資金調達コストの上昇と相まって困難な状況が続いています。

 

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の調査グループディレクター、トニー・トラバース氏は、「在宅勤務がHSBCの必要とするスペースを圧縮した。これは、決して同社特有の出来事にはならない」と述べています。このような動きは、大規模オフィスの賃貸事業に逆風をもたらし、都市の形態自体も変える可能性があります。

 

2024年のHSBCの動向

2024年、HSBCは本社移転後の新しいオフィス戦略をさらに具体化し、より小さなオフィススペースの活用とリモートワークの統合を進めています。移転先のロンドン中心部シティのオフィスビルでは、従業員の柔軟な働き方を支援するための最新の設備やテクノロジーが導入されています。この移転は、HSBCが環境目標を達成し、オフィスコストを削減しながらも従業員の生産性を維持するための戦略的な一環として位置付けられています。

 

企業全体として、HSBCはグローバル規模でのオフィス面積の最適化を進めており、他の大手企業にとっても先行事例となる可能性があります。商業不動産市場に対する影響も大きく、不動産開発や賃貸業界はこのような変化に対応するための新しいアプローチを模索しています。

 

 

2023年から2024年にかけて、HSBCの動向は企業がオフィススペースをどのように再評価し、最適化するかの一例を示しています。このような動きは、商業不動産市場全体に広範な影響を及ぼし、都市の形態や企業の働き方を変える可能性を秘めています。

 

 

萩原大巳

萩原 大巳 (Hiromi Hagiwara)

一般社団法人RCAA協会 理事
【協会会員】株式会社スリーエー・コーポレーション 代表取締役CEO

  • ワークプレイスストラテジスト
  • ファシリティプロジェクトマネージャー

オフィス移転アドバイザーとしての実績は、600社を超える。原状回復・B工事の問題点を日経セミナーで講演をする。日々、オフィス・店舗統廃合の相談を受けている。オフィス移転業界では、「ミスター原状回復」と呼ばれている。