不動産バブルのきしみ音 ~恒大集団 デフォルトリスクの影響は?~

2021.10.05

 

2021年9月中旬、過剰債務を抱える中国第2位の不動産開発企業・恒大グループのデフォルト懸念が高まり、世界の金融市場に動揺が走りました。2008年世界金融危機(リーマン・ショック)の再来を恐れる声もあります。しかし、今回のデフォルト懸念は、中国国内の不動産市場が中心であり、世界経済ネットワークのハブであるアメリカの金融市場に端を発した2008年世界金融危機とは影響の度合いが異なります。ロイターの報道によれば、9月22日にパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は、アメリカ企業への直接的な影響は限定的という見解を示しています。これが正確な試算に基づく見解であれば、仮にデフォルトが起きたとしても、ハブであるアメリカへの影響は小さく、世界規模でのシステミック・リスクは2008年ほど高くないと考えられます。それゆえ、世界経済に与える影響も限定的でしょう。

 

デフォルトが起きた場合、恐らく中国では日本のバブル崩壊に似たショックが生じ、不動産価格下落による資産価値の減少によって中国国内の需要が広範囲に減退すると考えられます。仮に中国政府の想定以上の資産価値の減少となれば、中国国内のシステミック・リスクが高まることになります。そうなれば中国経済にとって深刻な問題が生じかねません。そのため市場関係者は、目下、中国政府が果たして恒大グループを救済するか、に注目しています。

 

筆者は、この市場に拡がっているデフォルト懸念は、中国政府の国内外に向けた警告と考えます。本年8月11日に、中国政府は、戦略的産業における規制を強化するという5カ年計画を発表しました。これは具体的な規制には言及していませんが、この発表以降、加熱した受験教育や子どもたちの長時間のネットゲームなど、社会問題化している民間事業を厳しく規制し始めました。中国政府は、今後「人々の暮らしを改善」するために規制を強化すると述べています。日経新聞の調べによれば(2021年9月27日朝刊)、深圳市のマンション価格は年収の約58倍とバブル期の東京の約18倍を大幅に上回っており、これが人々の暮らしに悪影響を及ぼしていると考えるのが当然です。昨今の不動産価格高騰を抑制する規制強化も、人々の住環境を改善するためと考えれば、この方針に即しているといえるでしょう。「これまで言ってきたように『住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない』。今後、不動産市場の統制を強めていく。その際に、必要であれば、デフォルトというハードランディングをも厭わない」という中国政府の警告に思えてなりません。

 

1980年代、日本では「地上げ」と呼ばれる投機的土地取引の全国的な増加によって、不動産価格が急上昇し、それによるインフレーションが生じました。日本政府は経済の過熱を抑制するため土地取引に関わる規制を強めましたが、それだけでは抑制できず、日本銀行が公定歩合を高めることで「土地神話」によるインフレーション退治を本格化していったのです。その結果、不動産価格が急落し日本経済のバブルは弾けました。これに伴い土地取引に絡む不正融資など多くの金融スキャンダルを白日のもとに晒すことになりました。バブル崩壊以降、日本は右肩上がりの経済成長から一転し「失われた30年」と言える長いデフレーションに陥ることになったのは周知の事実です。

 

中国社会は、改革開放路線から長く続く、右肩上がりの高度経済成長の真っ只中にいます。恐らく人々は、かつての日本の「土地神話」に似た、政府が救済するから不動産価格は下落しない、という「不動産神話」を抱いているのだろうと思います。恒大グループのデフォルトに端を発して、不動産価格が下落するようなことが起これば、この不動産神話は崩れていくでしょう。そうなった場合、中国経済にどのような問題が生じるのかを現時点で見通すことは困難ですが、日本の経験を踏まえれば、上述したように、中国国内の需要は減退していくでしょう。もちろん、中国政府は長らく日本のバブル崩壊の影響を研究してきたでしょうから、長期的なデフレーションという深みに嵌まらないよう、可能な限り策を巡らしているだろうと思います。

 

中国政府は、本年、不良債権の処理を専門とする華融資産管理(華融)をデフォルト寸前で救済しました。これは、中国政府が「華融の破綻は中国におけるシステミック・リスクが高い」と判断したと考えられています。恒大グループは華融と業態が異なります。果たして、中国政府が恒大グループのデフォルトによるシステミック・リスクをどのように見積もっているのか、近いうちにその答えがわかるでしょう。世界の金融市場は既にこのデフォルト懸念をある程度織り込み済みであると考えられます。しかし、新型コロナウィルス・パンデミックに喘ぐ世界経済にとって、デフォルトを避けることが望ましいことは言うまでもありません。

 

(2021年9月28日)

記事作成者

 

井尻直彦教授 井尻 直彦(Naohiko Ijiri)

日本大学経済学部教授,前経済学部長。専門は国際経済学。静岡英和学院大学を経て,2003年より日本大学経済学部に奉職。OECDコンサルタントなどを経験。日本大学経済学部卒業,英国Nottingham大学大学院修士課程(MSc)修了。2019年よりNPO法人貿易障壁研究所(RIIT)を立上げ,理事長・所長を務める。
【NPO法人貿易障壁研究所(RIIT)】https://riit.or.jp
【研究業績】Research map https://researchmap.jp/read0193441
【個人Twitter】https://twitter.com/naoijiri
【個人Facebook】 https://www.facebook.com/naohiko.ijiri.3

 

専門家のコメント ーワークプレイスストラテジスト 萩原大巳ー

中国「恒大集団」 過剰債務の破綻リスクの影響は序章にすぎない!!

 

大国中国経済の不透明な巨大リスクは、不動産価格が大都市において実態とかけ離れ、なんとマンション価格は年収の57~58倍、不動産オーナーの賃貸借利回りは1%未満です。中国の不動産の時価総額は、日米欧英を超え、あまりにも巨大なバブルとなっています。

特に人口減少に転じ、実需の微減が予想される経済状況下で、恒大集団34兆円の債務、その他破綻懸念先大手デベロッパー25社の総額債務は、巨額すぎて想像もできない金額です。また、市場経済を統制する独自の国家資本主義においても、「持てる者」「持たざる者」の格差の拡大は、共産党にとり大きなリスクであります。

 

こうした状況の中、中国政府は中国版総量規制で不動産融資に制限を与えた。結果として恒大集団、他、大手デベロッパー25社の破綻リスクが表面化しました。すでに沿岸部の大都市のマンション販売では、原価割れで販売している物件が見受けられます。

これは1980年後半、土地は上がるものという日本の土地神話と同じ精神状態と思われます。そこから20数年、日本の土地は下落し続け、株も不動産に引きずられ下落し続けたバブル崩壊という暗黒の歴史の通りです。

1997年、金融危機がおこり、山一證券、長銀、拓銀の破綻により金融再編で莫大な税金を投入してメガバンクが誕生しました。不動産、建築業界においては、7割の企業が破綻、吸収合併を実施したといわれており、破産法においても民事再生法が適用され業界再編の法理となりました。

 

このようなことが中国経済に起こるのか?

間違いなく市場原理にまかすと起こります。中国共産党がこのバブルを制御できるかは、誰にも予想できません。資本主義先進国の不動産所有権と金融システムとも大きく違ううえ、中国は共産党の統制経済であるため、不透明で、情報開示もあまりされていません。

 

現状、日本の不動産取引において、30億以上の物件、またはバルク販売において、中国本土、香港、華僑系マネーがファンドに30%程度投資されているとの調査報告もあります。私たちも土地建物の評価査定において、香港上海銀行、シティ、チャタード銀行などの資金証明(LC)を多くみました。With covid-19もあり、日本の不動産価格、家賃とも、しばらく値下げ局面と思われます。ビルインの多くのテナントである経営者の皆様は、フレキシブルにワークプレイスを見直しできる体制を心掛けるべきでしょう。具体的には賃貸借契約更新時の家賃の見直し、敷金の見直しが必要です。

 

定期建物賃貸借契約の再契約において、また、普通賃貸借契約の更新において

  1. 期間内解約の許可
  2. サブリースの承諾
  3. 原状回復の原状の確認
  4. 指定業者独占による工事費高騰問題

これらを明確にすることが重要事項となります。

 

 

萩原大巳 萩原 大巳 (Hiromi Hagiwara)

一般社団法人RCAA協会 理事長
【協会会員】株式会社スリーエー・コーポレーション 代表取締役CEO

  • ワークプレイスストラテジスト
  • ファシリティプロジェクトマネージャー

オフィス移転アドバイザーとしての実績は、600社を超える。原状回復・B工事の問題点を日経セミナーで講演をする。日々、オフィス・店舗統廃合の相談を受けている。オフィス移転業界では、「ミスター原状回復」と呼ばれている。