日本の大手スーパーゼネコン、清水建設が計画していた575億円の黒字から一転、330億円もの赤字を計上する事態となりました。この急激な変化は、建設業界全体に大きな波紋を広げています。誤算額は900億円にも達し、多くの企業が苦境に追い込まれています。なぜ、このような状況に陥ったのでしょうか?
一方で、IRを分析するとビルリニューアル(原状回復や入居時のB工事)については利益が好調であることが確認されています。それにもかかわらず、大規模プロジェクトに依存するゼネコンは厳しい状況にあります。
本記事では、建設業界全体が抱える課題を掘り下げ、今後の展望を探ります。
建設業界に迫る危機!ゼネコンの赤字転落の原因は何か?
現在、建設業界は大きな転換期を迎えています。ビルのリニューアル工事(原状回復工事など)は依然として収益を生み出していますが、一方で、大規模プロジェクトに依存するスーパーゼネコンは深刻な苦境に陥っています。
例えば、注目の麻布台ヒルズは、清水建設が元請けを務め、6年の歳月をかけて準備から工事、引き渡しまで進めてきました。しかし、2019年の工事開始直後にパンデミックが発生し、状況は一変。以降、業界全体の環境が劇的に変わりました。こうした変化は、清水建設をはじめとする多くのゼネコンの赤字転落につながっています。
2024年、建設業界はさらに厳しい現実に直面しています。スーパーゼネコンの多くは受注が好調にもかかわらず、決算の下方修正が相次ぎ、準大手ゼネコンも軒並み業績が悪化しています。中でも特に注目されたのが、創業220年の歴史を誇る清水建設の巨額赤字です。
では、なぜここまで状況が悪化したのでしょうか?その背後には、いくつかの重要な要因が潜んでいます。
資材費の急騰
近年、建設資材の価格は30%も高騰しています。これは新型コロナウイルスの影響により供給チェーンが乱れたことや、世界的なインフレの波が影響しています。
人件費の上昇と人手不足
日本の建設業界では、少子高齢化の影響で若年労働者が激減しています。現在、建設技能労働者の20代は全体の1割にすぎません。多くが30〜50代の中年層で、60代以上のシニア層も大半を占めています。これにより、技能労働者の賃金は高騰し、工事現場での労働力確保が困難になっています。
デベロッパーとの交渉の難航
コロナ禍での混乱や原材料費の高騰にもかかわらず、デベロッパー(発注者)側はプロジェクトの値上げを認めないことが多いです。その結果、ゼネコンは現場でのコスト削減に追われ、下請け業者への賃金削減を余儀なくされています。この状況は、下請け業者の倒産ラッシュを引き起こし、2023年には1224件もの倒産が発生しました。
このような状況の中、デベロッパーに値上げを要請しても受け入れられず、下請け業者の労務費を削減せざるを得ない状況が続いています。その結果、下請け企業の倒産が相次ぎ、2023年1月から9月にかけて1224件の倒産が確認され、廃業も含めると4000件を超えると言われています。
2024年の建設業界~バブル崩壊を超える“不況の波”~
2024年現在、建設業界はかつてない不況の真只中にいます。これはバブル崩壊時以上の困難とも言われています。要因は多岐にわたりますが、特に以下の点が大きな影響を及ぼしています。
ゼロゼロ融資返済の開始
ゼロゼロ融資の返済が開始され、多くの建設業者がキャッシュフローの厳しい状況に立たされています。これにより、設備投資の縮小や、新規プロジェクトの進行に大きなブレーキがかかっています。
働き方改革による影響
2024年に適用された働き方改革によって、1か月あたりの残業時間は45時間に制限され、これを超えると罰金が科せられます。このため、現場の作業効率を維持しながらも、労働時間を厳密に管理する必要がありますが、現実的には非常に困難です。
多くのゼネコンはデベロッパーと値上げや工期の延長を交渉していますが、厳しい条件下での交渉は難航しており、現場はコスト削減と時間管理の板挟みに苦しんでいます。
リニューアル工事が救世主に?建設業界の未来と生き残り戦略
一方で、建設業界に完全な暗雲が立ち込めているわけではありません。リニューアル工事(原状回復工事)においては、需要が堅調に推移しており、特にオフィスビルや商業施設のリニューアル需要が増加しています。
これには、働き方の変化に伴い、オフィス環境が「人々が集まりたくなる場所(ワークプレイス)」へと変化する必要があるという時代背景があります。そのため、リニューアル工事における費用はコロナ前の工事費と比べて約2倍に増加しています。建設業界は、大型プロジェクトで利益を上げるのが難しい状況の中、リニューアル工事に注力することで収益を確保しようとしています。
さらに、ゼネコン各社はIT業界やコンサル業界から若い人材をリクルートし、デジタルトランスフォーメーション(DX)を活用した新しいビジネスモデルを模索しています。この「DXエバンジェリスト」とも呼ばれる若いビジネスパーソン100名単位で受け入れ、ゼネコンの現場に革新をもたらすと期待されています。
生き残りをかけた戦略~下請け業者へのアドバイス~
建設業界において下請け業者が生き残るためには、従来のやり方に固執せず、リスクを分散することが求められています。例えば、1社に依存するのではなく、少なくとも5社以上の取引先を持ち、収益の柱を複数持つことが重要です。また、利益が出ない仕事はデッドラインを設定し、潔く手を引くことも必要です。
そのためのツールとして、デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用は大きな武器となります。技術の進化をうまく活用し、効率的な業務体制を構築することで、新たなチャンスを掴むことができるでしょう。
工事費の適正価格発注のポイント
2020年4月に施行された民法改正により、原状回復やB工事、敷金に関する定義が明確化されました。これにより、Aグレードビルの原状回復工事についても、各デベロッパーに違いが見られるようになっています。
特に注目すべきは、以下の4つの項目です。
- 共通仮設・直接仮設
- 建築工事
- 電気・空調・セキュリティなどの設備工事
- 現場管理費および諸経費
Aグレードビルの原状回復工事費が3000万円以上の場合、その内訳を分析すると、スーパーゼネコンでは①③④の割合が非常に高いのが特徴です。
- 共通仮設・直接仮設は、工事のための養生費で、総請負金額の15%〜17%(約450万円)を占めます。
- 建築工事は、総額の20%(約500万円)に過ぎません。
- 電気やその他の設備工事は、総請負金額の45%〜55%(約1500万円)を占めています。
- 現場管理費および諸経費は、総額の18%〜20%(約550万円)です。
この内訳を見ても、特に①共通仮設はビル運営のルールに基づき、③設備工事はビル全体の自動制御システムによって異なることが多いです。④現場管理費については、請負体制やゼネコンの管理体制に左右されます。
しかし、現実問題として、相見積もりが難しい工事は非常に高く設定される傾向があります。特に③の電気やその他設備工事は、コストが適切にミエルカ(見える化)されていないため、改善の余地があります。
たとえ資材や労務費の高騰があったとしても、コロナ以前の原状回復工事の平均坪単価6万円が、現在は12万円を超えている状況は過剰です。決算を分析すると、実際の労務費と材料費を合計した額の6倍以上で工事が請け負われていることが分かります(2024年最新データ:国土交通省建築工事費デフレーター参照)。
改正民法による原状回復の定義やビル運営のルールに基づいて、①〜④の項目を「ミエルカ」し、透明性を高めることが重要です。
私たちは、この「ミエルカ」を施した建築工事の見積もりを「適正査定書*」と呼んでおり、これは交渉の基準となる証拠資料として非常に有効です。(*一般社団法人RCAA協会商標登録)
2024年の設備工事費の見通しと課題~急激な設備工事費上昇の要因を探る~
近年、設備工事費の急激な上昇が顕著となっており、その背景には多様な要因が複雑に絡み合っています。特に、建築費全体の上昇が設備工事費に大きな影響を与えています。この上昇の要因の一つとして挙げられるのは、資材価格の高騰と慢性的な人件費の増加です。これらは、設備工事費全体のコスト構造に大きな負担をもたらしています。
国土交通省の建設工事デフレーターによると、2015年を基準とした建設コスト指数は2015年の100.0(基準)から、2024年4-6月期には127.7にまで上昇していることが確認されています。特に、2021年以降、急速な上昇が見られ、2021年には113.2、2022年には120.3といった急激な増加が顕著です。この間、資材価格の高騰や人件費の増加といった要因が、工事費に大きな圧力をかけてきたと考えられます。
出典:国土交通省の建設工事費デフレーター(令和6年8月30日付け)より一般社団法人RCAA協会作成
グラフを参照すると、2020年までは比較的緩やかな上昇が見られたものの、2021年以降は急激な上昇が発生しています。特に、2023年4-6月期には122.5、さらに2023年10-12月期には123.8と、年度を通して高止まりの傾向が見られました。そして、2024年4-6月期には127.7という過去最高値に達しており、この急上昇の背景には、世界的な供給チェーンの混乱やエネルギー価格の高騰が影響しています。
また、これまでのウクライナ情勢や、円安の進行も建設資材の供給不安定を助長し、コスト増加に繋がってきました。しかし、現時点では円高の傾向が見られており、これによって輸入資材の価格が今後緩和される可能性があります。この円高の影響により、特に鉄鋼や木材といった輸入資材のコスト負担が軽減されることが期待されますが、現状の高水準をすぐに抑えるまでには至らないかもしれません。
今後も、資材価格や人件費の動向を注視する必要があり、特にコスト管理の重要性が引き続き高まると考えられます。
資材価格の高騰とその影響
設備工事費の急激な上昇の主な要因として、まず挙げられるのが資材価格の高騰です。特に、2020年以降の新型コロナウイルスのパンデミックや、ウクライナ情勢の悪化など、国際的な影響が複雑に絡み合い、建設資材の価格が大幅に上昇しています。
出典:一般財団法人建設物価調査会(建設物価 建築費指数)2024年9月10日掲載より一般社団法人RCAA協会作成
下記のグラフからも確認できるように、特に鉄鋼価格は急騰しています。鉄鋼は建設に欠かせない資材であり、その価格上昇が設備工事全体のコストに直接的な影響を与えます。日本は鉄鋼の多くを輸入に頼っており、世界的な供給不足やエネルギーコストの上昇が、鉄鋼価格を押し上げる要因となっていました。この影響で、国内の建設プロジェクトにおいて鉄鋼製品の調達コストが増加し、設備工事費全体に重い負担をもたらしています。
また、木材価格の高騰も同様に深刻な問題です。2021年の「ウッドショック」以降、木材の需要は非常に高い水準を保ち続けています。グラフに示されているように、木材の価格上昇は住宅建築のみならず、商業施設や公共施設の建設にも影響を及ぼしており、特に持続可能な資材として木材が積極的に利用されている日本では、供給不足が価格の上昇を一層助長しています。
コンクリートやその他の建設資材の価格上昇も続いています。コンクリートの原材料であるセメント価格は、エネルギーコストや輸送コストの上昇により高騰しています。グラフからは、資材全体が2020年から急激に上昇しており、特に2023年以降の価格上昇が顕著であることがわかります。これらの資材価格の増加は、単なるコスト増加にとどまらず、プロジェクトの進行遅延や工期延長、場合によっては再開発計画の見直しにつながることが多くなっています。
一方で、最近の円高傾向は、輸入資材コストに対して好影響を与える可能性があります。これにより、輸入される鉄鋼や木材などの資材コストが多少緩和され、資材価格の急騰が一定程度抑制されることが期待されています。しかし、資材価格の全体的な減少には時間がかかる可能性があり、短期間での大幅なコストダウンは見込みにくいです。それでも、資材価格に起因する工事費の増加ペースは緩やかになる見通しです。
出典:一般財団法人建設物価調査会(建設物価 建設資材物価指数)2024年9月2日掲載より一般社団法人RCAA協会作成
労務費の上昇と人手不足
労務費の増加は、設備工事費の上昇において大きな要因の一つです。日本国内では少子高齢化が進行しており、特に建設業界における人手不足が深刻化しています。若年層の建設業への参入が減少する一方で、熟練労働者の引退が相次ぎ、結果として労働市場における競争が激化していることが背景にあります。このため、賃金の上昇圧力が高まり、全体の労務費に大きな影響を与えています。
出典:日本銀行「全国企業短期経済観測調査」業況判断D.I.より一般社団法人RCAA協会作成
上記のグラフが示すように、2022年3月時点で建設業の雇用人員判断D.I.(過剰-不足)は-47であり、2023年3月には-52、そして2024年3月には-59と、年々人手不足が悪化しています。さらに、2024年9月の見通しでは-63と、他業界と比較しても深刻な人手不足に直面していることが明らかです。この人手不足の傾向は、宿泊・飲食サービス業(-66)や運輸・郵便業(-60)と並び、特に厳しい状況であることを示しています。
さらに、2024年には「働き方改革関連法」が建設業界にも適用され、労働時間の制限がさらに厳格化される予定です。これにより、現場での労働力不足が一層深刻化し、労務費が引き続き上昇することが予想されます。特に、電気設備や空調設備など、専門的な技術を要する工事においては、労務費の上昇が直接的にプロジェクト全体のコストに影響を与えます。
出典:国土交通省「令和6年3月から適用する公共工事設計労務単価について」より一般社団法人RCAA協会作成
さらに、上記のグラフで示される通り、公共工事設計労務単価も過去12年間連続して上昇しており、2024年には全国平均で23,600円に達しています。この長期的な上昇トレンドは、建設現場における熟練労働者の不足と労務単価の上昇が密接に関連していることを反映しています。この結果、建設プロジェクト全体の採算性が大きく影響を受け、中小企業にとって特に厳しい状況となっています。
労務費は、設備工事費全体の約30〜40%を占めるため、これらの増加が設備工事費全体のコスト構造に与える影響は大きいです。中小企業にとっては、労務費の負担がプロジェクトの採算性に直結するため、労働力の確保や効率的な人員配置、そして技術革新による対応が急務となっています。また、労務費の抑制には、デジタル技術の導入による効率化や、ロボット技術などの自動化が一つの解決策として考えられています。
技術革新と人員配置の効率化
設備工事費の増加を抑えるためには、効率的な人員配置や技術革新が重要な課題です。限られた人材で最大の成果を上げるためには、作業プロセスの効率化や、自動化技術の導入が求められます。
例えば、デジタル技術を活用したプロジェクト管理システムを導入することで、現場の進捗状況や資材の発注をリアルタイムで管理することが可能になり、無駄なコストを抑え、工事全体のコスト削減が期待されます。また、ロボット技術やAI(人工知能)の導入により、人手不足が深刻な作業を部分的に機械化し、作業効率を高めることができます。
こうした技術革新は、特に繰り返し作業や精密な作業において大きな効果を発揮し、労務費の削減にも貢献します。これにより、限られたリソースで最大限の成果を上げることが可能となり、設備工事費の抑制に向けた効果的な対応策となります。
設備工事費の今後の見通しと対策
2024年以降も設備工事費は引き続き上昇すると予測されています。最近の円高傾向により一部の資材コストの緩和が期待されるものの、人件費の増加や労務費の上昇は依然として大きな課題です。特に、ウクライナ情勢やエネルギーコストの変動により、鉄鋼やコンクリートなどの主要な建設資材の価格は引き続き高止まりする可能性があります。このような状況下では、設備工事費の抑制が喫緊の課題となっています。
こうしたコスト上昇に対応するためには、まず設計段階から無駄を省き、効率的な資材の使用や再利用可能な資材を選定することが不可欠です。これにより、初期段階でのコスト削減が可能となり、長期的にはメンテナンス費用の削減も見込まれます。また、資材調達においても、コストのかかる部分を見直し、最適な資材の選定を進めることが重要です。
次に、デジタル技術の活用が設備工事費の抑制において重要な役割を果たします。クラウドベースのプロジェクト管理システムやBIM(Building Information Modeling)技術を活用することで、プロジェクト全体の可視化と管理が容易になり、資材の無駄遣いや工期の遅延を防ぐことができます。これにより、コスト管理の効率化が図られ、全体的な工事費削減が期待されます。さらに、デジタル技術を通じて現場の進捗状況やコストの動向をリアルタイムで把握できるため、リスクを早期に察知し、迅速に対応することが可能です。
また、外部の専門家との連携も効果的なコスト削減手段です。設備工事の専門知識を持つコンサルタントや技術者と協力することで、最新の市場動向や技術を反映したプロジェクト計画が立案でき、結果として効率的かつ持続可能な運営が実現します。これにより、最適なコスト管理と質の高い工事の両立が可能となります。
設備工事費の上昇に直面する中で、設計段階での工夫、デジタル技術の導入、そして外部の専門家との協力による多角的なアプローチが、今後のプロジェクト運営において不可欠です。これらの対策により、コスト上昇の影響を最小限に抑えながら、効率的かつ持続可能な設備工事を進めることが期待されます。
結論
2024年以降も、設備工事費の上昇は避けられない現実です。しかし、円高傾向により一部の輸入資材の価格圧力が緩和される可能性があるものの、労務費の上昇や人手不足の影響は依然として続くと予測されています。今後のプロジェクト運営においては、効率的なコスト管理と技術革新が不可欠であり、持続可能で効率的な建設計画を進めることが業界全体の課題となるでしょう。
萩原 大巳 (Hiromi Hagiwara)
一般社団法人RCAA協会 理事
オフィス移転アドバイザーとしての実績は、600社を超える。原状回復・B工事の問題点を日経セミナーで講演をする。日々、オフィス・店舗統廃合の相談を受けている。オフィス移転業界では、「ミスター原状回復」と呼ばれている。 |